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第6章 7

 秋雨の降りしきる午後、夏野は隣に座るゼミの後輩にプログラミングを教えていた。 「そういえば今日は萩原さんどうしたんですか?。夏野さんにこれ教えてもらえて私はラッキーですけど、いつもの夫婦喧嘩がないとなんか寂しいなぁ」  後輩の何気ない台詞に押さえつけていた胸騒ぎが溢れ出そうになるが、夏野は得意の気の抜けたような笑みを見せる。 「あはは。何で休んでるか俺も聞いてないんだよね。大地もたまにはサボりかなぁ」 「まさか、あの萩原さんに限って。体調悪いとか?あ、でも、昨日は図書館にいるの見ましたよ」 「へぇ、そうなんだ。俺はそれ知らなかったな」  思わず漏れた夏野の言葉に、後輩は気まずそうな表情を浮かべて視線を逸らせた。彼女はDomだったが、夏野の瞳にGlareがチラついたのを悟ったのだろう。 「あっ、あの、ここの書き方もこれで合ってますか?なんか冗長になっちゃって……」 「え、あぁ、ごめん。これは関数を使えば――」  取り繕うようにパソコンに向き直る姿に申し訳なさを感じ、夏野はなるべく明るい表情を作って指導を再開した。  結局その日、萩原はゼミの教室に現れなかった。夏野の見つめるパソコンの画面では、週末までに仕上げようと話していた章の途中で虚しくカーソルが点滅している。  ――勝手に進めたら怒られんだろうな。  夏野は「余計なことしないでくれるかな」と詰問してくる萩原の表情を浮かべて苦笑する。そして、スマホを手に取り、通知が来ていないことを確認してため息をついた。萩原とのメッセージのやり取りはいつもそっけないものだったが、こんな風に何時間も返信を待たされることはなかった。  初めてPlayをした校舎の地下2階にも、食堂にも、やはり萩原の姿はなかった。そして、後輩の言葉を思い出し、夏野の足は自然と図書館を目指していた。

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