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第6章 8

 バイトもせず、サークルにも所属せず、友達もいなかった萩原は、夏野と付き合う前はよく図書館で学術雑誌を読んでいた。分野を問わず様々な論文に目を通しているようだったが、その中でも特に好んでいたのが医学的な物や生物学的な物だった。「本当はそっちに進学したかったんだけど、理系科目の才能がなくてね」負けず嫌いな萩原が弱音を吐いたのは、後にも先にもこの話の時だけだった。  ――こんなの読めるくらいなんだから才能がないなんてことないと思うけど。  夏野は適当に手に取った医学系の雑誌をパラパラと捲る。やはりここ数十年のトレンドなのか、Dynamicsに関する論文が多かったが、当事者であるはずの夏野にとっても難しい専門用語や複雑な図が並び、その内容はほとんど頭に入ってこなかった。  その中でも、1つだけ気になるテーマを見つけた。それは、体の中にあるDynamicsを変化させる研究に関する記事だった。  何のためにそんなことを、かつての夏野であればそう思っただろう。萩原と出会う前の夏野にとってDomであることは誇らしいことであり、自分のことを人口の大多数を占めるNeutralとは違う特別な存在だと考えていた。それが今では、Dynamicsさえなければ萩原ともっと幸せな関係を築けるのではないかと悩むようになっており、藁にも縋るような気持ちでその論文を読み始めた。  体の中にあるDynamicsの方向性を変える――つまり、DomからSubに、またはSubからDomに変化させることは理論上可能らしい。さらには、Dynamicsを打ち消し、Neutralのような体にすることも不可能ではない、そこにはそういったことが書かれていた。  ――もしも、これができれば俺たちは……。いや、そんな簡単な話じゃないよな。大地はようやくSubとしての自分を受け入れられたのに、今さらそれを否定したら可哀そうだ。それに俺も、Domとしての生き方しか知らない。大地を傷つけたくないって気持ちもあるけど、大地とのPlayで満たされてるのも事実だし……。  夏野は読んでいた雑誌を棚に戻すと、ため息をついて図書館を後にした。

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