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第6章 10
夏野はほとんど無意識のうちに部屋を飛び出して大通りに出ると、タクシーを呼び止めた。運転手に告げた行き先は、かつて夏野が王と呼ばれていたクラブのある繁華街だった。
タクシーがその街の近くの信号で停止した時、夏野は紙幣を投げつけるように運転手に渡して飛び降りた。走ってクラブに向かうと、部屋着にサンダルという格好の夏野を不審に思ったセキュリティに止められたが、そこを通り掛かった人物が彼らに耳打ちをしたことでなぜかすんなりと通された。そのまま2階にあるV.I.P.ルームへと連れていかれる。
「大地!」
夏野は扉を開くなり大声でそう叫ぶ。動画に映っていた人間が何人かいることがわかったが、そこに萩原の姿はなかった。
「おー、ほんとに来たね。夏野晄」
「晄クン、久しぶりぃ。私のこと覚えてる~?ねぇ、またシようよ」
口々に話し掛けてきたのは、かつてこのクラブで出会ったDomやSubの連中だった。
「あんたらどういうつもりだよ……。あんなもん送りつけて……大地はどこだよ?!」
「まぁまぁ、せっかく来たんだしなんか飲めよ」
「お偉いさんたちが高い酒奢ってくれるってさ~」
無理やり手を引かれ、ソファに座らされそうになったところで、夏野は目の前にあったテーブルを思い切り蹴り付けた。ガシャンと耳をつんざくような音がして、その上に載っていた酒のボトルやグラスが粉々になって床に飛び散る。
「触んじゃねぇ。大地はどこだっつってんだよ!!」
悲鳴や叫び声が飛び交う中で、夏野は隣にいた男の胸倉を掴み殴りかかるが、すぐに他の人間によってその体を羽交い絞めにされる。痛みを感じることもなく、ただひたすら萩原の名前を叫んで手あたり次第に人や物を殴り、暴れた。頭に血が上っていた夏野は、それ以上のことは何も覚えていなかった。
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