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第6章 12

 夏野は帽子と眼鏡で正体を隠すようにして、ゼミのある金曜日、校門の近くで萩原を待ち伏せした。昼過ぎから日没までそこに立ち続け、ようやくその姿を見ることができた。初めて会った頃と何一つ変わらない様子で、他の人間のことなど一切気にせず真っすぐ前を見つめる漆黒の瞳に、ピンと伸びた背筋。躾を覚えたばかりのドーベルマンの子犬のような、凛々しい表情。 「大地……」  声が届くような距離ではなかったが、夏野がそう呟いたその時、何事にも動じないように見えたその瞳が大きく見開かれた。一瞬迷ったようだったが、萩原は進路を変えずに夏野の立つ校門まで歩みを進める。 「大地、なぁ、話を……」  萩原が目の前に来た途端、夏野は声を掛けるが、艶やかな黒髪は振り返ることもなく夏野の目線の下を通り過ぎていく。 「待って、お願い。少しでもいいから話がしたくて……謝りたくて」  夏野はその背中を追いかけ、付きまとうように少し後ろを歩き続けた。5分ほどそうしていたところで、夏野は萩原が駅へと向かっているのではないことに気が付く。2人が辿り着いたのは夏野の住むアパートだった。 「目立つんですよ、あなたは。そんな変装なんの意味もない。僕たちの……いや、あなたの噂は学校中に広まってます」  アパートの1階にある夏野の部屋の前で萩原はくるりと振り返り、そう言った。キッと睨みつけられながらも、夏野は萩原が元気そうなことと、見える場所には怪我1つないことに安心していた。 「ご、ごめん……。とりあえず上がって」  夏野は慌てて扉の鍵を開き、萩原を部屋に招き入れる。しかし、萩原は靴を脱ごうとせずに、玄関のところで立ち止まった。 「話って何ですか?僕は大学を辞めたあなたと違って忙しいんです」

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