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第7章 1

 大学近くのアパートを引き払った後、夏野は都心を離れて西の方にある別の都市へと移り住んだ。荷物はほとんど処分し、持ち物は大きめのスーツケース1つ分だけとなった。その都市で寮付きのホストクラブの求人を見つけて転がり込み、夏野は1か月ほどでそこのNo.1へと登り詰めた。それと同時に会員制の出会い系サイトを利用し、時々料金を取ってSubとPlayをするようになった。Playするのは金のため、そう思いたかったからだ。誰も自分を知らない場所での生活は気楽だったし、刹那的に偽りの愛を売る仕事は性に合っているような気がしていた。  そんな生活を半年ほど続ければ自然と貯金額は増え、目標だった大学5年間分の学費を貯め終えた頃、夏野は突然ホストクラブから解雇された。Subに対する売春行為を知られてしまったのだ。そのホストクラブは、トラブルを防ぐためなのかNeutralの人間しか雇っておらず、夏野も自らの性別を偽って働いていた。解雇だけで済んだのは幸いだったが、夏野は逃げるようにして再び都心へとその身を移した。  それから久しぶりに実家を訪れたが、両親は会ってもくれず、夏野は謝罪と感謝の手紙を添えた学費分の現金を郵便受けに入れてその場を立ち去った。  ――大地の言う通りだ。Neutralのようには生きられず、Subを支配することもできない落ちこぼれの俺には何の価値もない。何がDomだ。何がDefenseだ。俺の手の中は空っぽだ。俺には何も守れなかった。  残った金で古びた中古車を買って、当てもなく道を走らせた。空と地面が繋がる場所が見たかった。太陽の光という意味を持つ自分の名前「晄」と、文字通り雄大な土地を意味する萩原の名前「大地」になぞらえて、失ってしまった繋がりをひたすら探し求めた。しかし、夏野自身にもわかりきっていたことだが、山々に囲まれたこの島国で地平線を見渡せる場所などあるはずがなかった。  そんな無意味なことを続けていたある日の真夜中、街灯の少ない田舎道で夏野ははたと気が付いた。太陽の光さえなければ、完全な暗闇であれば、空と地面の境目が消えてしまうことに。  その時初めて、明確に死を意識した。

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