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第7章 4

 誰かに飼われればDomとしてのDynamicsが消える――そんなおとぎ話のようなことを静井が語ったのは、いつまでも落ち込んだままだった夏野を元気づけたかったからだろう。 「何言ってんだよ、マスター。馬鹿馬鹿しい」 「いや、でもこれは医者の意見だよ。ほら、晄君も知ってるだろう?常連の佐々木さん」 「あはは。あの人、ヤブ医者でしょ」  この時、静井は夏野の笑顔を見てほっとしたような表情を浮かべていた。そんな彼に感謝と申し訳なさを強く感じた夏野は、できるだけ早いうちにそこを出ていこうと決意した。そして、静井の手伝いをする傍らアルバイトで収入を得ていた夏野は、まとまった金が貯まるとすぐに郊外の格安の物件へと引っ越しをした。  再び1人になって少しした頃、夏野は大学の図書館で読んだDynamicsに関する記事を思い出していた。当時読んだ雑誌の名前は曖昧だったが、いくつかの医学雑誌の電子版を契約してそれを読み漁った。そして、ようやく見つけたのは、体の中のDynamicsを消すことが技術的には可能であると示す論文だった。  ――どうせ死ねないのなら、俺はその希望に縋りたい。  それが実用化される可能性はあるのか、されたとしても夏野にそれを受けることができるのか、そんなことは何も分からなかったが、夏野はそのために金を貯めようと決意した。しかし、Domである上に大学を中退している夏野にまともな働き口があるはずもなく、ホストクラブにも懲りていた彼は再びDom性を売ることを決めた。萩原と別れて以来、Playは苦痛でしかなかったが、その頃には随分と開き直った気持ちになっており、Playをしなければ生きていけないし、Playをせずに死ぬこともできないのであれば、そうすることが一番理に適っているような気がしていた。  そして、昼間はコンビニ等でアルバイトをして、夜には「翼」と名乗って体を売る生活を始めた。その偽名は、いつか自分の中のDynamicsを消し去り、自分を「大地」から最も遠い場所へと連れていくという思いを込めて付けたものだった。

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