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第8章 2

 頭が痛い。朝起きた時はその程度だった。しかし、体の不調はどんどん増していき、会社に着いた頃には足元がフラつくようになっていた。 「おはようございます……」 「おう、おはよ……って、ユキ。お前どうした?顔真っ白だぞ」  隣の席の田代が心配そうに声を掛けてくれる。 「なんか……頭痛くて……風邪かな」 「お前熱あるだろ。おいおい、そんな状態で……今すぐ帰れ。な?」  田代が手招きをしたことで課長も近付いてくる。 「え、ユキ、熱あんの?大丈夫?仕事振り過ぎた?」 「あの……すみません、でも、今日は打ち合わせ……」 「そんなのいいから。1人で帰れる?」 「大丈夫です、すみません……」 「電車じゃなくてタクシー使えよ、いいな?病院行けよ?」  幸村は頭を下げて謝りながら、追い返されるように会社を後にした。  タクシーを使えという言葉を思い出したのは、いつもの癖で改札を抜けた後のことだった。とにかく早く帰って眠りたい、そう思っていた幸村はタクシー乗り場に行くのも面倒で電車に乗り込んだ。  やっとの思いで最寄り駅に着き、朦朧とした意識で自宅を目指す。こんな時でも体はきちんとやるべきことを覚えているようで、幸村は何も考えずに部屋の鍵を開け、その中へと入った。  鍵を閉めようと振り返ったその時、そこにあるはずの扉がないことに困惑して顔を上げる。 「おすわり」  ――え?  見たこともない男が目の前に立っており、幸村の肩をトンと軽く押した。体に力が入らず、後ろに倒れるように尻もちをつく。  ――誰だ。何で俺の家に。何で……。  男の目を見た途端、全身が揺さぶられているのではないかと錯覚するほど、強く心臓が鼓動し始める。呼吸が乱れ、目の前がグラグラと揺れる。 「聞こえねぇのかよ。おすわり」  ――おすわり……Command……やらなきゃ……何で?  幸村の体は自然と動き、ぺたんと床に座った状態で前に手をつくと、頭を少し下げて服従の姿勢を取った。 「そうだ。いいぞ、クソSub」  その言葉を聞くと、なぜか少しだけ気持ちが落ち着いた。

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