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第8章 4
幸村は土下座のような姿勢で体を床に伏せたまま、男からの次のCommandを待っていた。口の中や顔の周り、手には先程男から浴びせられた精液の匂いが残っていて気持ちが悪かったが、当然それを洗いに行くことなど許されない。
「――営業1課、幸村朝陽、か」
男はタバコを咥えながら幸村の通勤鞄を物色し、名刺を読み上げて笑う。
「お前その年で会社の犬やってんのか。落ちぶれてんな〜。上司の命令おいしいですってか?」
幸村の頭に名刺入れを投げつけ、今度は財布を手に取った。
「……おい、クソSub。顔上げろ。このカードの暗証番号は?言え」
――この野郎、どこまで腐ってんだよ。そんなの言うわけねぇだろ……。
そう思ったはずなのに、男の手に握られたクレジットカードを見て、幸村は正直に4ケタの数字を口にしていた。
幸村は混乱と悔しさを抱えたまま自室の床に横たわっていた。両手両足をビニール紐やガムテープで縛り上げられ、逃げることも助けを呼ぶことも出来ずに薄暗い自分の部屋を眺めている。幸村の体の中には、解すためだといってコンドームに包まれたサインペンが捩じ込まれており、混沌とした意識の中でその異物感だけがはっきりとわかる。
男は幸村の部屋を一通り漁った後、Playに必要なものがないことに不満を漏らし、「そこにいろ」と言い残して幸村の財布とスマホを持って部屋を出て行った。
幸村はなぜ自分が男の指示に逆らうことができないのかわからず困惑していた。何度か殴られ、蹴られたが、そうされる前から体は自然と男に従っていた。
――あいつがDomで俺がSubだから……?あり得ない。でも、俺は夏野の前でも時々おかしな気を起こしていた。CommandやGlareはNeutralにも効くのか?いや、もしそうならこういう犯罪が他にも起こってるはずだけど、そんな話聞いたこともない。あり得ない。何もかもあり得ない。……何で俺は何も出来ないんだ。
身を捩れば逃げ出せるかも知れない。声を上げれば助けを呼べるかも知れない。しかし、そうやってあの男に逆らおうとすると首を締められたかのような息苦しさに襲われるのだった。反対に、男の指示通り大人しくしていれば頭痛も収まり、気分が楽になる。
――体調が悪いせいかも知れない。この隙に少し休めば、次にあいつが帰ってきた時には……。
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