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第8章 8
「……夏野!」
いるはずのない人の名前を叫び、幸村は拘束された手足で必死に身を捩った。
「夏野、俺がお前を……今度こそ俺がお前を助けてやる、だから……!」
こんな所であんな奴に嬲り殺されるわけにはいかない。幸村は這うようにしてローテーブルに近寄ると、拘束を解くための刃物を探して体をぶつける。
男が飲んだ酒の空き缶や灰皿代わりにしていたマグカップが大きな音を立てて床に散らばる。その中にハサミを見つけ、そこに這い寄ろうとしたその時、玄関の開く音がした。
「――おい!クソSub!お前何やってんだ!今すぐやめろ!」
怒鳴り声に身が竦み、そのCommandに従いたいという気持ちが心を埋め尽くすが、それに抗い幸村はもがき続ける。
――こんな奴に支配されてたまるか。たとえ俺がSubだとしても、お前のCommandなんかには二度と従わない!
男は靴も脱がずに、怒りを顕にして廊下をドスドスと歩いてきた。
「今すぐお仕置きしてやる、このクソ――」
「あんたここで何やってんだよ」
もう1つ、ドスの効いた低い声が響き、こちらに向かって来ていたはずの男の体が消える。
「なっ……お前何で……?!やっやめっ――」
幸村はただ言葉を失ってその光景を見ていた。廊下に引きずり倒された男の体に誰かが馬乗りになり、鈍い打撃音と男の叫び声が部屋に響く。
「おい、あんた何者だ?何でここにいる?朝陽に何をした?」
「……あ、あいつが……あのSubが俺を誘ったんだ……!」
「んなわけねぇだろ!!意味わかんないこと言ってんじゃねぇよ!!」
短い廊下の向こうに見えるのは、揺れる胡桃色の髪。
――何で、何でここに……。
「夏野!」
いるはずのなかったその人の名前を、幸村はもう一度叫んだ。
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