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第8章 10

 目覚めた幸村が最初に見たのは、見慣れない蛍光灯の光だった。ここはどこだろう、そう思い首を動かすと、不安そうに自分を見つめる琥珀色の瞳と目があった。 「朝陽!」 「あれ、ここは……」 「病院。朝陽、気を失って……あっ、ナースコール押さなきゃ」 「……夏野、ちょっと待って」  慌てる夏野の手を握り、幸村はその温もりを噛み締める。 「俺、夏野を助けてやれなかったことをずっと後悔してたんだ。まぁ、結局逆に助けられたけど……。情けねぇよな。ほんと、ごめんな」 「朝陽、そんな……」 「もしも許してくれるなら……また俺のところに帰ってきてほしい。それで、もう二度と勝手にどこにも行かないでほしい」 「……そのことだけど、俺は……もう朝陽のことを傷つけたくないから……」 「何言ってんだよ。夏野に傷つけられたことなんて一度もないよ。これからも、絶対にそんなことはあり得ない。だって、夏野は誰よりも優しいから……それに、お前は俺のペットなんだろ?」  涙を浮かべながらクシャッと顔を綻ばせる夏野の頭に手を伸ばそうとすると、ぎゅっと強く抱き締められた。ふわりと甘い香りが漂い、柔らかな髪と硬い背中、温かい体温が、そこに夏野がいることを実感させる。 「うん。ただいま、幸村さん……」 「あぁ、おかえり……ナツは今日もいい子だな」  医者の説明によると、今の幸村の体ははっきりとSubとしてのDynamicsを持っているとのことだった。かつてNeutralと診断されたのは単純な誤診だった可能性もあるが、今までSubとしての欲求を感じたことがなかったことから、恐らく体の中に眠っていたDynamicsが突如発現したのだろうとのことだった。世間に認知はされていないが、そういった症例がここ最近増えているとも伝えられた。  断定はできないが、幸村のDynamicsが発現した原因はDomの夏野と長時間共に過ごしたことか、疑似的なPlayによるものだろうとのことだった。Dynamicsの研究は始まってから数十年と歴史が浅く、まだ不明瞭なことも多いと医者も苦い表情を浮かべていた。  幸村の元々の体調不良の原因は、突如発現したDynamicsの影響と考えられるとのことだった。現在は回復しており、暴行による怪我も軽い外傷だけだったため、幸村はすぐに退院となった。  Dynamicsとの付き合い方に関する分厚い冊子と、専門医への紹介状、戸籍上のDynamicsを書き換えるために必要な書類など、様々な物を受け取って幸村は夏野と一緒に病院を後にした。  2人で電車に揺られ、歩き慣れた道を進む。幸村が眠っている間に夏野が部屋を片付けてくれたらしいが、あんなことがあった現場に戻るのは辛いものがあった。それに、一連の事件で想定はしていたものの、はっきりSubだと告げられ、幸村は複雑な気持ちを抱いていた。 「大丈夫?無理しなくても……。今日はホテルに泊まろっか」  重い足取りに気が付いたのか、夏野は心配そうにそう言った。しかし、幸村は静かに首を横に振る。 「いや、家に帰ろう。いつまでも帰らないわけにはいかないし……」  その手を握り締めて離さない夏野の温もりが背中を押す。 「それに、今は夏野がいるから。何も怖くないよ。一緒に帰ろう」

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