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第2話

「先生、さっきの原稿の冒頭ですけど、『叔母の美津子が部屋で死んでいた』ってありましたけど、叔母とは誰から見て叔母なんでしょうか…その語り口の人が犯人なんじゃないんですか?」 「千輝、鋭い。だよな、べつの人物もいるんだ。でもまあ、トリックの方が重要なんだから、犯人なんて誰でもいいよ」 「もう…先生、それ本当?犯人だって重要じゃないですか」 十和田は、ふざけているのかどうかわからないが、いつもこんな調子で千輝に聞いてくる。最後には登場人物全員が犯人であった場合のトリックを教えてくれるので、ネタ明かしまでが楽しくて、案外真剣に千輝は考えたり、聞いたりしている。 元彼の新しい女との喧嘩の仲裁に入ってくれた十和田は頼もしかった。でもその後に、ミステリー作家の十和田大誠だと知り、千輝は卒倒しそうになる。千輝でも知っている有名作家だったからだ。 作家の腕を縫うほどの大怪我をさせてしまったと青くなった。怪我は左の腕だったので、一瞬ホッとしたが、最悪なことに十和田の利き手は左手だと言う。勝手に利き手は右手だと千輝は思っていたので、また卒倒しそうになる。 怪我が治るまで、ここに住み込みで家事代行をしろ。給料は支払う。何もないんだろ?と笑いながら言われ、あの時は何故か十和田の笑顔に千輝は安心してしまった。 お金がない千輝を置いてくれたことには感謝しているし、案外居心地はいい。 最初の印象は、デリカシーもなく、無神経な人だったが、一緒に暮らしていくと、その印象から随分と離れ、案外繊細な人なのかもしれないと感じている時もあった。 千輝のせいで怪我をしてしまった十和田には、悪いことをしたと謝罪し、給料はいらないと伝えるが、それとこれとは別なので、余計なことは考えるなと言われ給料は支払われている。自分は運が悪いのか、いいのかわからない。 リビングのソファでノートパソコンの中の原稿を読んでいる十和田に声をかける。 「先生、今日何食べたいですか?」 「千輝のクラムチャウダーが食べたい」 原稿から目を離さずに即答する。 千輝が作るクラムチャウダーは、カフェを開業したらお店の看板メニューにしようと思っていたものだ。試行錯誤して完成したブレッドボウルクラムチャウダーだ。 中をくり抜いた丸いパンをこんがりと焼き、たっぷりとクラムチャウダーを入れると美味しい。 十和田に以前作って出したら、それ以来頻繁にパンの中に入ったクラムチャウダーが食べたいと言う。 「じゃあ、買い物行ってきますね」 「俺も行く...」 家の玄関を出て、坂を下りたところにあるスーパーへ二人で歩いて向かう。 坂の途中からは海が少しだけ見える。この少しだけ見える海が千輝は好きだった。 隣には左腕を包帯で巻き、ビーチサンダルで、機嫌良く歩く十和田がいる。 最近は千輝の買い物について来ることが多くなっていた。家で執筆作業をしていると身体が鈍ると言う。怪我をしてから身体を動かしていないため、買い物が今の運動になっているらしい。 身体が大きく威圧感もあり、何となく近寄りがたい風貌である十和田だが、一緒にいると楽しい人だということがわかった。 「先生、怪我は...」 「外で先生って呼ぶなって言っただろ?」 家の中では先生と呼ぶのを許されているが、外に出たら大誠さんと呼ぶことになっている。 先生の方がしっくりくるのにと、千輝は思っているが、本人は先生と呼ばれるのが好きではないらしい。 「大誠さん、怪我の具合どうですか?」 「ん?もう大丈夫だろ?これが、煩わしてくてたまらん」 左腕の包帯を見て十和田は言っていた。 十和田の左腕の怪我は、完全にくっつくまでは後もう少しかかると言われている。本人は包帯が鬱陶しいらしく、すぐに解いてしまう。だからその度に千輝が巻き直していた。 なんとなく目で十和田の包帯を追っている。包帯をしている腕を見るたび、関係ない人を巻き込んでしまったと、千輝は改めて反省をしていた。 坂道を降りてくると蒸し暑さを感じる。 スーパーの中の冷房が気持ちいい。 「今日、人が多くないか?」 「そうですね…何かあるんですかね?」 十和田の家は、豪華な一軒家ばかりが並ぶ高級住宅地にある。環境としては静かで安全であり、歴史が感じられた。この辺一体の雰囲気は情緒がある。 十和田の家の坂の下にあるスーパーも、普段はそんなに人は多くはないが、今日は違っていた。 「あっ、これですね」 スーパーの中に張り紙を見つけた千輝は、それを指さした。張り紙には、『本日開催!花火大会』と書いてあった。 「千輝、早く買い物して帰るぞ」 「あっ、はい」 この周辺の花火大会は全国的に有名なので、観光客が多く訪れるという。スーパーでの食料もあっという間に無くなってしまうだろう。十和田と協力して、必要なものを買い、さっさと家に帰ることにした。 「今日はクラムチャウダー無理ですね。また今度にしましょう」 十和田の好きなクラムチャウダーのパンは、ここから更に駅近くまで行かないと買えない。今日は花火大会で駅には人が溢れかえっているだろう。 「だよな、駅はきっと花火大会を見る奴と、観光客でいっぱいだもんな。残念、じゃあクラムチャウダーは次回にするか」 「ですね…」 スーパーで買ったアイスを二人で食べながら家に帰る。サイズは小さいけど、フルーツの味が凝縮してるアイスバーがスーパーに置いてあり、千輝はいつも好んで食べていた。 買い物に来る度、十和田と一緒に選び、アイスバーを一本食べ終わる頃に、家に到着する。 二人で過ごす毎日が千輝は好きだった。 家までの坂道を上る途中で後ろを振り向くと、また海が小さく見えていた。 前を向き直すと、十和田がアイスバーを食べながら千輝を待ってくれている。 毎回、振り返って海を見てるけど、よく飽きないなと言われる。 坂は上りも下りも楽しいんですと、千輝は答えた。

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