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第12話
スーツ姿で眼鏡をかけ、十和田は車の運転をしている。以前、千輝がかっこいいと絶賛した姿で見合いに行ったようだ。
やはり微かに香る匂いは女性の香水かと、千輝はどこかで冷静に判断が出来ていた。
今自分が座っているシートに少し前まで別の人がいたであろうことが想像できた。この車の中でどんな会話をしていたのだろう。共通の話題はどんなことなのだろうか。わかっていることは、自分が知らない十和田をその人は見ていたことだ。
胸が張り裂けそうになり、何をどう言ったらいいのか考えているのに、十和田は無神経にも今日は何が食べたいかと聞いてくる。
「先生、停めて」
「千輝?」
「車、停めて。ここで降りるから」
車が路肩に停車した。ウインカーの光がチカチカと雨に反射している。
「ん?千輝どうした?」
「お見合い…行ってきたの?それで、なんで僕を迎えにきたの?」
「なんでって…いつも迎えに行ってるだろ?見合いは、」
「やめて」
聞きたくない。
見合いは…何だろう。上手くいった、良かった、なんて十和田は言い出すつもりなんだろう。一日中、車で出かけ隣に女性を乗せ、どこに行って何をしていたんだろうというのか。
そんなこと気になる自分にも嫌気がさす。
「僕は…先生からみたらいいネタかもしれない。小説のネタになるからってもう使わないで、遊ばないで、からかわないで…」
雨が強くなったのか、車の中から外を見ている自分の目がぼやけていく。ウインカーの光が眩しいと感じる。
「千輝、何言ってんだ?ああ、今日のことか…あのな、」
左手で手を掴まれた。
左利きの人は繊細な人が多いと聞く。
「聞きたくない。このシートに残り香があるのは車に乗ってすぐにわかったよ。誰か一緒にいたのもわかってる…だったら何で毎晩僕にキスしてきたの?何でいつも僕と一緒にいるの?何で今までお見合いした女の人の気配がある場所に座らせることをするの?ここは、先生とその人の匂いがまとわりついてる。無神経だよ」
「千輝…ちょっと待て…」
「人の気持ちもわからない人とは一緒にいられない。このままいつものように家に帰ったら、夜にはキスするんでしょ?お見合いがあったその日の夜でも気にせずキスするんでしょ?先生、もう家に来ないで。店にも来ないで」
「おい!千輝…」
飛び出した。
車を飛び出し雨の中を走った。
左利きの人は、本当はどんな人が多いんだろう。
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