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第13話

泣き過ぎて、盛大に目や顔が腫れてしまった。翌朝、店では暁斗に「千輝さんヤバ…どうしたの?」と言われてしまったほどだ。 十和田の車から飛び出した後、走って歩いてを繰り返しアパートまで帰ってきた。昨日は雨が降っていてよかったなと思う。泣いていても誰も気にせず、泣いているのかもよくわからなかったからだ。 アパートに着いた時は、全身ずぶ濡れになっていた。玄関で服を全部脱ぎ捨て、そのまま浴槽に湯を張り熱いお風呂に入った。濡れたままの服は、翌朝まで玄関にそのまま放置していた。 十和田はあの後、家に来ることはなかったが、電話とメッセージをたくさん送ってきたのを知っている。 千輝の携帯には着信とメッセージが交互に入ってきていた。いずれも十和田からだとわかっている。 電話に出ることも、メッセージを確認することも、怖くて出来ず、雨でずぶ濡れになったバックの中に携帯をしまい、朝までずっとそのままにしていたら、携帯の充電が切れていた。 面倒くさくて食事を取ることも出来なかった。それにこの部屋で食事なんてしたら、十和田をすぐに思い出してしまう。 翌日は仕事があるから早く寝なくてはと思うが、十和田の匂いがする布団に入ると悲しくて涙が溢れてしまい、寝られなかった。 部屋の電気を消しても、布団の中にはひとりきり。昨日まで一緒に寝ていた布団が、ひとりだと大きく重く感じて苦しい。 無神経と十和田に言ってしまったが、よく考えると、勝手に好きになったのは千輝の方だから、十和田には悪いことを言ってしまったなと思っている。 怪我をさせてしまい、一緒に暮らすことになっただけ。十和田は最初から今まで気持ちに変化はないだろう。 恋愛するのも面倒くさいと思っている男だ。千輝のことなど何とも思っていないはずだ。 夜になるとキスをされた。途切れないキスが嬉しくなり、気持ちを抑えられないほど好きになっていた。 だけど、十和田にとっては、キスをしたことに特別な理由はないのだろう。同じ布団で寝ていただけ、たまたま千輝が隣にいたからキスをしてみたくらいなんだと思う。 「したかったからした」と十和田なら言いそうだなと思う。どうしてキスをするのかと、聞くに聞けずそのままにしたのは自分だ。このままの関係でいいと思っていたのに、その関係を壊したのも自分だ。 それに、千輝が知らなかっただけで、今までも同じようなことがあったのかもしれない。見合いやデート、それ以上のこともしていた日があったのかもしれない。 気が付かなかっただけで、十和田にとっては日常だったのかもしれない。 勝手に大切に扱われていると勘違いしていたんだなと思うと、我ながら図々しくて呆れてしまう。 毎日の送り迎え、一緒にいるのが当たり前になっていた。だから十和田も、もしかしたら同じかもと、都合がいいことばかりを考えていた。 このまま少しずつひとりの生活に慣れていけるのだろうか。二人で過ごした時間はあまりにも濃く、千輝は初めてのことばかりで、何をしていても思い出してしまうのに。 人を好きになるって体力を使う。 突き放された時には、更に体力も気力も使うんだと初めて知った。 胸がどうしようもならないくらい痛くなり、ひとりでいると胸の痛みが押し寄せてきて、前に倒れてしまいそうになる。 泣いても何も解決されないのはわかってはいる。何もしていなくても、胸の痛みは増すばかりで、ふとした拍子に十和田ことを思い出してしまう。 こんな思いをするのなら、もう人を好きにならない、恋はしないと思った。苦しい思いをしても、立ち止まることも許されず、毎日を生きて行かなくてはならないから。 簾が心配な顔をしていて、千輝に話しかけてきた。 「千輝さん…今日はキッチンに入って。俺がホールやるから交代しよう」 ありがとうと言い、簾と暁斗に少し甘えることにした。

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