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第20話
チャイムは何度も鳴り響く。千輝は苦笑いをするが、十和田はチャイムを無視して、行為を続けようとする。
「ほら、もう無視出来ませんよ。誰でしょうか…僕、出てきますね」
「いや、千輝…」
十和田を無視して玄関に急ぐ、上着をキチンと着直して身なりを整えてからドアを開けた。そこには、十和田の担当編集者の太田がいた。
「太田さん、お久しぶりです…」
「あーっ、千輝さん帰って来てくれたんですね。よかった…千輝さんいなくなってから大変だったんですよ。あ、お邪魔しまーす」
どうぞと、言いながら太田をリビングまで招き入れる。リビングではムッとした表情の十和田がソファに座っていた。上半身は裸のままである。
「お約束してたんですね。すいません、知らなくて…」と言いつつ千輝はキッチンへ行き、お茶の準備を始める。
千輝が好んで飲んでいた紅茶が見つかりホッとする。お湯を沸かしてる間にリビングの様子が気になるので、千輝はチラチラと十和田と太田の様子を見ていた。
「先生、約束ですから迎えに来ました。こっちは準備万端です。このまま向かいましょう」
太田の言葉を十和田は無視している。
「あの…どこか行くお約束してるんですか?」
紅茶を出しながら千輝が太田にたずねると、出版社近くのホテル迄行くと言う。
「先生は今度新しい取り組みをすることになって、別の作家と小説を合作することになったんですよ。で、昨日までに出すって約束だったんですけど。まぁ、難しいみたいで…それで、もし出せなかったらホテルにカンヅメってことを約束してました。それでお迎えに来ました」
恋愛小説家の加賀鈴之典と合作する話は以前聞いていたので、その話だろうと千輝はわかった。小説はひょいひょいと書いているようだが、今回はミステリーではなく恋愛の部分を担当するようだから、いつものようにすぐに書けなかったのかもしれない。期限までに1ページも書けなかったと言っている。
「太田、俺は今日は行かない。理由がある。どうしても今日は無理だ。だから帰ってくれ」
「先生、こっちも無理です。帰りません。約束したでしょう?今日、迎えに行きますよって」
とりあえず上半身裸の十和田にTシャツを着るように、千輝が促す。それでもムッとしたままでいるので、腕を通して無理矢理千輝が着させてあげている。太田はそれを見ても特に表情を変えずにいる。
「いいか、太田。重要なことだ。俺は千輝にプロポーズをした。そしてさっき千輝から、『はい』と嬉しい返事を受け取った。だから、これから二人の生活について更に詳しく話し合わないといけない」
ちょっと待って!と、千輝は慌てて十和田に向かい大声を出して止める。
何を真剣な顔で太田に告白しているんだ。恥ずかしいではないか。なんでそう無自覚な男は自分の気持ちだけを平気で喋ってしまうのか。腕を組み平然としている十和田を見て、千輝は困ってしまう。
「あっ、そうなんですね!千輝さんおめでとうございます。ですが、こちらも約束なので絶対にホテルに入って執筆してもらいます」
太田に笑顔でおめでとうございますと言われ、面食らってしまったが、咄嗟にありがとうございますと返事をしていた。
何故だろう、太田はあまり驚いていないようだ。
「お前、おかしくないか?なんで俺たちを引き離そうとしてんだよ。俺は行かないからな」
連れて行く、いや行かない、の押し問答が続いている。その隣で千輝は考えていた。
「だから、いかねぇって言ってんだよ。今日、俺は千輝と離れたらなーんにも書けねぇぜ。無理矢理連れて行ったって、脱走して帰って来れるしな」
ふんっとソファにふんぞり返り、ムッとしている十和田を放っておき、千輝は太田に話かけた。
「じゃあ…太田さん。大誠さんの必要な物を後で送るので、何処に送ればいいか教えてもらえますか?」
「千輝さん!本当にいつもありがとうございます。助かりますよ。じゃ、ここに送って下さい。編集部の住所で、僕宛で。届いたら先生に渡しますので」
そう言って太田は名刺を千輝に手渡す。
千輝はもう腹を括ると決めた。プロポーズを受けたのだ。十和田と生活を共にし、支えていこうと決めていた。
それに、十和田がプロポーズをしたと言っても、太田は特に気にしていない様子だ。男同士でもなんでも関係ないようである。
太田の態度に千輝は嬉しく、気が楽になった。
必要な物はなんだろうと、さっきからずっと千輝は考えている。洋服、下着、それからなんだろう。明日には届くように手配をしなくてはと、持ち物、やることを指折り数える。
それから、いい機会だから禁酒してもらおうか、ひとりでいた時かなり飲んでいたはずだからと考えていた。
「わかりました。そしたら、今日はこのまま連れて行ってもらって大丈夫ですから。特に何も必要ないですよね?」
「もちろんです。ホテルも用意して準備万端ですから。千輝さんマジで神ですよ」
太田が胸を撫で下ろしている横で、「おい、千輝…」と、十和田は千輝に訴えかけている。さっきの続きは?と言いたそうなのは目を見ればわかる。
「大誠さん、約束してたんでしょ?太田さんも約束通りに来てくださってるし、後から必要な荷物を送っておくから。とりあえず、今日はこのまま行ってください」
「いや、千輝、でもさ…」
「太田さん、大誠さんと連絡は取っても大丈夫なんでしょうか」
「大丈夫ですよ。進み具合で厳しくなるかもしれませんが、とりあえず連絡は取れますから」
ありがとうございますと言って、十和田に向き直る。
「ほら、メッセージは送れるから。僕はここで待ってるし。アパートから荷物も少しずつ持ってきておく。夜はここで寝てるから早く終わらせて帰ってきてね」
頑なに動かない十和田に、太田も内心困っているのがわかる。何とか十和田を説得するためにと千輝が口走っている言葉は、後から思い直すと恥ずかしい。太田に全て聞かれている。しかし、それどころではないと必死に千輝も十和田を説得する。
うーんと、言い十和田はソファに座り直している。
「携帯と財布、それとパソコンがあればとりあえずいいですよね。財布は?あれ?そういえば、財布どこですか?」
「財布は捨てた」
「はあ?」
無頓着な男だが、確かブランドの財布を使っていたと思う。捨てたと聞きびっくりした声を千輝は上げてしまった。
「財布とスーツ、それから車も。あの日使ってた物全部処分した」
「はあっっ?」
千輝は、さっきより更に大きな声を上げてしまった。
「千輝さん、なんかあったんですよね?よくわからないんですけど、先生はここのところずっと荒れていて…車も処分したんでですよ。あ、バイクはありますけどね。で、何を聞いても『千輝を不安にさせた』『千輝を傷つけた』しか言わなくて…千輝さんはどうしてますか?って聞くと、いないって言うから…もう、ずっと千輝さん帰って来ないかなぁって編集部全員で願ってたんです。あっ、それで今日は会社の車でお迎えに来てるので大丈夫ですよ。帰りも車で連れて帰ってきますから」
十和田はあの雨の日、千輝を不安にさせ、泣かせてしまったのを激しく後悔するも、千輝は戻って来ない。
その原因となった時に、身につけていた物を見るだけで思い出し、嫌気がさす、だから全部捨てた。あの後一番最初にやったことは処分だと、十和田は言っている。
「携帯と金とカードは、仕方なく使ってるけどな。車なんて絶対乗りたくねぇよ」
残り香があると言ったのを気にしている。もう何だか可笑しくて全身から力が抜けていく。いつも突拍子もないことをするのが十和田だ。しかし、これも千輝のことを考えてした行動だったとわかる。
「太田さん、5分後に連れて行きますから車で待っててもらえますか?」
「もちろんです!千輝さん、ほんっとにありがとうございます。今日居てくれてよかったです」
そそくさと太田は外に停めてある車に戻って行った。
大誠さん…と言いながら、十和田の膝の上に乗り上げて座る。対面になり顔を合わせるが、突然の千輝の行動に十和田は呆気に取られた顔をしているのが面白い。
頬を掴んで、チュッと千輝からキスをした。十和田の両手はサッと千輝の腰に回し抱きしめている。こうゆうところは素早いんだからと、千輝はクスッと笑った。
チュッチュッと何度か千輝からキスをした。その度に、十和田はぎゅっと強く抱きしめてきて、嬉しそうな顔をしている。こんな顔をする十和田も初めて見る。
「大誠さん、僕は大誠さんが好きです。だから…ここで待ってますから、早く帰ってきてさっきの続きしてくださいね」
5分後、無事に十和田を車に乗せることが出来た。
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