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第22話
電車で二駅、そこから歩いてアパートまで行く。昨日の夜は十和田の家に泊まったから、昨日の朝ぶりにアパートへ帰る。
たった一晩で気持ちも生活も、何もかも変わることになりそうだ。
寒くなってきたので必要な物をとりあえず十和田の家に運んでおこうと、頭の中であれこれ考えながら千輝は帰宅した。
アパートの前に簾と暁斗が待っていた。バイクで来たようだ。
「僕の方が遅かったか。待たせちゃってごめんね。上がって」
二人を千輝のアパートに上がってもらう。
十和田の家からアパートに戻り、ここで十和田と二人で寝起きしていたが、荷物は少ない。テレビと布団、冷蔵庫、洗濯機に少しの衣類、それくらいだった。
調理器具は十和田が買ってきたもの数点あるが、来客用のカップなどはなかった。
途中のコンビニでペットボトルの飲み物を買ってきたので、二人に渡す。
「うちにお客様用のカップとか何もなくて、飲み物はこれになっちゃうんだ。どれがいい?好きなの取ってね」
ありがとうございますと言い、二人はそれぞれペットボトルを受け取った。
「千輝さん、大誠さんにプロポーズされたんでしょ?」
暁斗が一口飲んだ後すぐに千輝に聞いた。
「ええっ…何で?聞いた?どこ?」
どこって十和田しかいないだろうと言った矢先に思ったが、咄嗟なので慌ててしまう。無自覚な男の行動はまだ把握出来ないらしい。
「さっき大誠さんから連絡あってさ、千輝さんにプロポーズしてオッケーもらったから、千輝さんのアパートの荷物を片付けて欲しいって言うんだ。それでね、相談なんだけど…」
簾がそう説明してくれた。以前から、十和田と簾は連絡を取り合っているだろうなとは思っていたが、千輝が思っているよりもっと親密な関係になっているようだ。
「ごめんごめん!もう、何だろう。何でもすぐに行動しちゃうっていうか…ごめんね、なんか大誠さんに振り回されてない?」
「違うんだ。相談っていうか、お願いがあってさ…」
簾がいつになく深刻な顔で話を進める。
簾と暁斗は、大学生の頃からカフェでバイトをし、そのまま卒業してもカフェで働いていた。そこのカフェで千輝と知り合いになっていたから、よく知っている。
簾の家は医者の家系らしく、家族ほとんどが医者だという。そもそも簾も医学部に進むと親は思っていたらしいが、大学から別の道を歩み始め、卒業してもカフェで働いている。
そのため親からは、カフェスタッフではなく、一般企業に就職しろと言われていたという。
簾の親はカフェスタッフを真っ当な仕事だとは思っていないらしい。
「だけどさ、俺にもやりたいことあるし、それを言っても聞かないから無視してたんだけど、とうとう家を出ろって言われてしまって…」
「「えっ」」と、千輝と暁斗が同時に驚く。しかし、驚いた内容は別々のことだとわかる。
「簾、やりたいことあるの?」と、暁斗は驚き、千輝は家を追い出されることに驚いていた。
「あ、いや、千輝さん、それはいいんだよ。家はもう出ないとなって思ってて、部屋は探してたんだ。それでもう、住む部屋も決めてあるから大丈夫なんだ」
「そうなんだ。俺も一緒に住むことにしたんだよ。ルームシェアってやつ?家賃も二人ならそんなに負担はないしさ、今の職場も一緒だし、二人だと便利だよね」
暁斗が付け加えるように千輝に説明した。
暁斗と簾は二人で住むことが決まっているらしい。
「じゃあ、相談って何?どうしたの?」
「千輝さんは大誠さんの家に行くんでしょ?そこでこれから生活するんでしょ?そしたらここにある電化製品って必要なくなる?もし、良かったら俺たちに譲って欲しいと思ってるんだけど」
暁斗がはっきりと千輝にお願いをした。
「そういうことだったのか…もう、びっくりしちゃったじゃない。ここにある物でいいの?それで良ければ全部渡せるよ?処分するつもりだったから、必要なら持っていってくれると僕も助かるし」
よかった、助かります!と暁斗がホッとしたように呟く。簾もありがとうございますと続けて言っていた。
二人の引っ越しと、千輝と十和田の新しい生活が同じタイミングとなったということか。千輝が処分しようとした家電は、全て二人に引き渡しすることになった。
引っ越しするにもお金はかかる。家電を揃えるのもまたかかるからと、暁斗は苦笑いしていた。処分するにもかかるから、貰ってくれれば嬉しいよと、千輝は伝えてあげた。
「それより、簾くん、家の方は大丈夫なの?ご両親も心配だと思うんだよね。うちのカフェで働いてていいの?」
「それは大丈夫。さっきも言ったけど、俺さ、やりたいことあるから今はカフェで働きたいんだよ。そうじゃないと次に進めないし…千輝さん、ありがとう。電化製品を譲ってもらえるとすごく助かる」
簾が礼儀正しくお辞儀をした。
「なあ…簾、やりたいことってなんだよ。俺、聞いたことないぞ」
さっきからずっと疑問だったのだろう。暁斗が簾に何度も聞いている。簾は笑って流していて、答えない。答えない簾に暁斗はムッとしてたが、聞くのを諦めたのか千輝に向き合った。
「あっ!千輝さん、おめでとうございます。言うの遅くなっちゃった。へへ。大誠さんと仲直りしてたんだね。よかった、心配しちゃったよ。大誠さん、迎えに来なくなっちゃったしさ。千輝さんは元気なかったし?」
こら暁斗!と、簾に言われているが、暁斗のお喋りは止まらない。
「プロポーズってなんて言われたの?大誠さんから、結婚してくれとか言われた?詳しく教えて!」
「暁斗、いい加減にしとけよ?そんな聞くもんじゃないんだから。あ、でも千輝さん本当におめでとうございます。仲直り出来てよかったっていうのは、俺も思ってる。大誠さん、マジで魂抜けたみたいになってたからヤバかったよ」
「あ、そう…なんか、本当色々ごめんね。みんなに迷惑かけてたね。それから、あ、あの、ありがとうございます」
十和田が千輝にプロポーズしたということは、男同士でお付き合い、いやそれ以上、人生のパートナーになるということだ。
「あのさ…男同士でプロポーズとか変じゃない?そんなこと聞いて嫌じゃない?」
千輝は一番気になることを聞いてみた。さっきの太田といい、暁斗、簾といい、男同士ということをあまり気にしていないような感じではある。だが、本心はどうなのだろうか。二人とは同じカフェで働いていくのだから、怖いけど聞いておきたいと思った。
「えっ?千輝さん、大誠さんからのプロポーズ嫌だったの?」
「ち、違う違う。嬉しいよ。僕も大誠さんのこと好きだし…だけど、男同士って、ほら…一般的ではないでしょ?だからさ、」
千輝がなんて説明したらいいかわからなくなったところで、簾が笑い出した。
「千輝さん、今どき何それ!一般的じゃないって…男とか女とか今はあまり関係ないよ?」
簾が笑いながらそう言い、二人から「千輝さんって古い…ね…」と言われ、そんなものなのかと拍子抜けであった。
「それより、プロポーズされた方が気になるよ。大誠さんが何て言ったのか知りたい!」
さっきの太田の反応もそうだが、簾と暁斗も同じく驚くような反応ではなかった。はっきりと「おめでとう」と言い、プロポーズのほうが気になると言う。千輝と十和田のことを、自然に受け止めてくれているようで嬉しく思う。
だけど身近な仲間である二人に、その後も立て続けに色々と質問されて、恥ずかしいやら、驚くやらで千輝は四苦八苦してしまった。
そんな時、千輝の電話が鳴った。
「あ、電話だ。ちょっとごめんね」
携帯を持ってキッチンに行き、画面を見てみると十和田からだとわかった。
「もしもし」
「千輝!今、どこ?家?大丈夫か?」
大丈夫とは何が大丈夫なのか、謎である。十和田の中では、千輝が不運な事故にあってるとでも思っているのだろうか。
「大誠さん、聞いていい?色んな人にプロポーズの事、話してる?」
簾も暁斗もプロポーズのことを知っているということは、他の人にも十和田は話しているはずだと、千輝は問いただした。
「してる!今もした!あ、さっき簾に連絡して、アパートの荷物をまとめて俺の家に運ぶように伝えてある。だから必要な物だけ、簾に伝えれば運んでくれるから」
「あのね、よく聞いてください。プロポーズの事は、みんなに話しなくていいですから。そんなの聞いたらびっくりしちゃう人いるでしょう?だからね、『俺、プロポーズした』とかやたらと言わないように。それと、宅急便送っておきました。段ボールの中に犬の顔のポーチが入ってるから、それをお財布代わりにして、カードとかお金を入れて使ってください。なくさないようにお願いします。あ、それと、簾くんと暁斗くんは今アパートに来てるから」
やはり話をしていたかと思ったが、とりあえず一気に千輝は言いたいことを伝えた。
自分が人気作家だということを、十和田は自覚していないのだろう。プロポーズの話をされたらきっと周りは驚き、お祝いや何かをしなくてはと思ってしまうはず。
混乱や噂は極力避けたい。作家の名前に傷がつかないようにしたいと思っている。なので、プロポーズのことは言わなくていいと伝えたのだった。
更に、電話でも十和田の勢いに千輝は押されてしまう。だから、言いたいことをさっさと言わないとならなかった。
「わかった。プロポーズのことは、みんなにやたらと喋らないだな?また連絡する」
十和田は大きな声で話をしているので、機嫌がいいのだろう。家を出るまでは相当ぐずっていたが何か吹っ切れたのだろうか。
電話を切る間際に、「好きだよ千輝」と十和田は言ってくれた。「僕も」と伝えた後、ハッとして「今そこに誰かいますか?」と聞いたら、「いっぱいいるよ」と答えていた。
何をひとつずつ、どうやって教えればいいのだろうか。これからの課題が出来たとわかる。
簾と暁斗にも電話のやり取りが聞こえていただろう。部屋に戻ったらニヤニヤとしている。
「ダメだ…こっちは頭が痛くなることばかり。急に自覚したと思ったけど、まだ無自覚な人だから」
「なにそれ」と言い、二人は千輝を見てまた笑っていた。
とりあえず、次の休みに家電を運び出すと二人は言っている。千輝は二人分の衣類を持ち出して十和田の家に帰る。アパートのスペアキーを二人に渡して、後は都合のいい時に運んで欲しいと伝えた。
「俺、大誠さんに家を出ること相談してたんだ。結構色々迷ってたこともあってさ。そしたら、何やってんだお前、さっさとやれって言われてさ。踏ん切りついたっていうか…暁斗も一緒に住んでくれるっていってくれて。俺も大誠さんみたいに頑張ろうって思ったよ」
やっぱりと思った。簾と十和田は連絡を取り合っていた。頻繁に取っていたんだろうなと思う。千輝と会っていない期間の十和田も簾は見ていたようで、心配だったと言っている。簾が言う十和田のように頑張るとはよくわからないが、前向きに引っ越しをするのだとわかり、千輝は応援したい気持ちが大きくなった。
「じゃあ、千輝さん明日ね!店で!」
元気な暁斗がバイクの後ろに乗り手を振っている。
帰る間際、簾に「千輝さん、首のとこ、後で見ておいた方がいいよ」とこっそり言われた。二人が帰った後、鏡で見るも服の襟が邪魔でよく見えず。上を脱いで鏡で見てみたら、赤いアザが点々としていた。
「いっっ!」
ひとりアパートの鏡の前で声を出してしまった。千輝の首筋には、十和田が付けたキスマークが点々としていた。
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