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第23話

十和田がホテルに滞在して二週間になろうとしていた。 千輝とお互い好きだと気持ちを伝え合ってすぐに離れ離れになったため、最初の数日は『プロポーズしたばかりだ!帰る』『家に帰って書く』を繰り返し言い、駄々をこねてばかりいた十和田だが、その後は諦めたのか、落ち着いて書けるようになったのかわからないが、周りに迷惑もかけなくなってきた。 昼はメッセージだけ、電話は夜にだけしてもいいという条件を、太田と千輝で作ったのも大きかったかもしれない。毎日のリズムが出来てきたように思う。 夜になり、千輝が確実に家にいる時間を狙って毎日電話がかかってくる。 「千輝?家に着いたか?」 「大誠さんの家に帰ってきましたよ」 そう言うと、嬉しそうな安心しているような声を出すので、毎日伝えることにしている。 「加賀が困ってるんだよ。あいつ大きな口叩いていたくせに書けないって言ってやがって…」 恋愛小説家の加賀鈴之典も、現在十和田と同じホテルにカンヅメらしい。 お互いそれぞれが今書いている物は、自身のジャンルの小説部分とは違うので、この後、十和田はミステリー部分の展開を、加賀は恋愛部分の話を、お互いで修正し手直しをして仕上げるそうだ。 「大誠さんは、どうなの?大丈夫?」 電話は毎日かかってきており、千輝が寝るまで続いている。順調に書けているのだろうか。 「俺はな、なんとか書いてるよ。多分、もうすぐ終わる」 どんな感じだろう。十和田の恋愛小説は楽しみだった。想像もつかないけど。 「千輝、次の休みはいつだ?」 「明後日から2日間休みです」 「わかった…明後日には終わらすから」 「本当に?無理しないでくださいね。でも…もし明後日に終わったら、そっちまで迎えに行きますよ。だから教えてくださいね」 「必ず終わらせる。約束する。だから来いよ千輝」 十和田は電話口で笑ってそう言っていた。 いつも電話は千輝が寝落ちするまで続く。昨日の電話の後、メッセージはなかったが、夜遅くに十和田から電話がかかってきた。予定通り終わらせたと言う。 「終わったぞ。この後は自宅に戻って少しづつ修正すればいいから、明日約束通りに帰れる」 「本当?お疲れさまでした。大変でしたね。じゃあ、明日迎えに行きます。ホテルに行けばいいですか?」 「待ってる。やっとだ…」 早く終わらせて帰りたいと言っているのを聞き、毎日嬉しく思っていた。二週間という期間は短くあり長くも感じた。 仕事が終わり、夜になると千輝は一人で十和田の家に帰る日々だった。十和田のいない家は広く、寒く感じた。それなのに、ところどころに十和田の匂いを感じて立ち止まってしまう。 夜、庭に出てみると月が出ているので見上げてみた。今出ている月はいつ頃、丸くなるのかなと考えた。 休みの日にはチロ先輩に会いに行き、『チロ先輩のように上手に待てるようになりたいです』と話しかけていた。 坂の下のスーパーで買い物をしては、ひとりでフーフー言いながら荷物を持って歩く。坂の途中では、振り返り少しだけ見える海をひとりで眺めた。 十和田がひとりでしていた生活を、今度は千輝がなぞってみていた。 坂をひとりで上り、誰も待っていない暗い家に帰るのは寂しく感じる。二人で手を繋いで帰る夜を知ってしまったからだ。 千輝がこの家を出て、十和田と離れた日から、十和田はひとりでこんな生活をしていたのかなと思うと、胸が痛くなる思いもした。 この家でひとりでお酒を飲み、何を考えていたんだろう。 昼は陽が暖かで、夜は静か過ぎて、寂しくて。 そんな家にひとりでいた十和田を想像した。 多分、十和田はその寂しさを知っている。だから、千輝に電話をかけてきては、寝るまで話をしたいと、わざと駄々を捏ねていると、千輝は思っている。 千輝の寂しく不安な気持ちを知っているから、それを紛らわすために、離れた東京から毎日電話をしてきて、寝るまで話を続けていたんだと思う。 実際、シャワーを浴びてる時も、ベッドルームに入ってからも電話は切らせてくれなかった。 ベッドルームは二人の体温が感じられて、十和田がいない分、寂しくも感じる。 シーツを取り替えたら、途端に十和田の匂いがなくなり焦ってしまい、仕方がないので、洗い立ての十和田のTシャツを着て毎日寝る羽目になったと、電話で伝えた。 そう言うと十和田は大きな声で笑ってくれる。「それなら千輝これから帰ろうか?」と、わざと困らせるようなことを言って、千輝が寂しくならないように気を紛らわせようとしてくる。 「千輝が寝たら電話を切るから気にするな」と言い、毎日そんな風に色んな話をしていた。 なんだかもう…寂しくさせないようにって、優しい人なんだからと、朝起きてすぐ十和田の優しさを思い出し、泣きそうになってしまうこともあった。 そんな日々も終わり、明日やっと帰ってくる。そう言ってくれた。十和田が寂しくしないようにしてくれたこと、今度は千輝がしてあげようと思っている。 「大誠さん、もう二度とひとりにはしないからね。だから今日はゆっくり寝て。僕も大誠さんのTシャツを着てこのまま寝るから。寂しくないから大丈夫だよ。明日の朝起きたらすぐに、迎えに行く。今度は僕が迎えに行くから心配しないで」 毎日十和田はカフェまで迎えに来てくれている。だから今度は千輝が十和田を迎えに行く。 十和田が千輝のことばかり考えて行動するのなら、千輝だって十和田を優先したい。そんなことを、ひとりでいるこの広い家で最後に考えていた。 ひとりで寝る夜は最後かなと、嬉しくて、中々寝れずにベッドで寝返りを繰り返し朝を迎えた。 目が覚めたら必ず朝が来るから。 今度は僕があなたを迎えに行くんだからと、千輝は思っていた。 すっかり寒くなったので、十和田のライダースジャケットを手に東京のホテル迄向かう。 滞在中の十和田の荷物は、千輝が送った段ボールに入れて送り返すように手配はしておくと、太田からメールを受け取っている。 スニーカーも送っておいたので、ビーチサンダルは段ボールに入れてスニーカーを履くようにと、十和田本人にも念押して伝え た。 東京まではここから電車で一時間。ちょっと考え事をしていればすぐに着く距離だ。 昼前には到着する。 それなのに電車の一駅一駅が長く感じる。そのくせ、東京が近づく度にドキドキと気持ちが昂ってしまう。 早くホテルまで到着し十和田に会いたいと、逸る気持ちを抑えるがやっとだった。 ホテルのラウンジで待っていると、十和田からはメッセージを受け取っていた。 朝から何度もメッセージが届いていたので、十和田も落ち着きなく過ごしているのだろうことが想像つく。 電話を乗り換えてやっとホテルに到着した。ホテルのラウンジ入り口で太田が千輝を待っていてくれた。 「千輝さん、ご協力ありがとうございました。先生は無事に書き終えてくれました。 先生の小説、楽しみにしていてください。読んだ時、俺、なんだか胸がぎゅっと掴まれたような感じで、泣きそうになりました」 太田は千輝にそう話をしながら十和田が座っている席まで案内してくれた。 十和田はTシャツに黒のパンツ姿でソファに座り、ホテルの中庭を眺めていた。 足元はスニーカーだったので安心する。 久しぶりに十和田の横顔を見て、思わず「大誠さん」と声をかけ小走りで近づいてしまった。 十和田は振り返り「千輝!」と大声で言いながら立ち上がり、近づいてきた千輝の腕を掴み引き寄せ、抱きしめた。 平日の朝なので、ラウンジにいる人も少なくてよかったと、千輝は胸を撫で下ろしたが、十和田は何も気にしていないような顔をしていた。 持ってきたライダースジャケットを着せるとすぐに「じゃあ、帰ろう」と千輝の手を握り、十和田は歩き始めた。 太田はそんな十和田の行動が読めているのかホテル入り口のタクシーの所で待っていてくれた。 「先生、本当にありがとうございました。すごいの出来ましたね。この後もよろしくお願いします。あ、それと予約してあるので、このまま行ってください」 「ああ…」と十和田は言い、さっさとタクシーに乗り込んでいる。千輝は太田に挨拶をし急いで十和田の隣に乗り込んだ。 「大誠さん、タクシーで帰るの?」 「いや、ちょっと寄って欲しいところがある。もう伝えてあるのですぐにすむよ」 タクシーは走り出した。

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