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第24話
銀座の高級ジュエリーショップの前でタクシーは停車した。
世界5大ジュエラーと言われているハイジュエリーブランドだ。世界の王族やセレブたちが御用達ブランドだというニュースを見たことがある。
そんなところに何の用があるんだと、千輝は慌てて十和田に確認した。
「ちょ、ちょっと、大誠さん。何?ここ?入るの?」
「うん。話つけてあるって言うし、ここがいいんじゃないかってさ」
入り口は重厚な門扉であり、もちろんドアマンもいる。雰囲気に気後れしてしまいそうになるが、十和田は堂々と入っていくので、千輝も後に続く。
店に入ってすぐ深々と頭を下げられた。
「お待ちしておりました」と、奥の個室に連れて行かれる。
「本日ご案内を担当いたします。よろしくお願いいたします」
深く沈むソファに案内され、再度丁寧に挨拶をされた。ここで十和田が何を買いたいのかわからなかったが、お店の人に挨拶をされ千輝も咄嗟に頭を下げた。
「ご依頼いただいた通りの物を揃えております。ちなみにどのようなデザインが良いなど、何かお好みはございますか?」
目の前にいくつかの指輪が並び始める。
「えっ? 大誠さん...?」
「俺はわからないから、千輝がいいと思うものを選んでくれ」
はあ?と、心の中で大声を出したが、この場では抑え、ぐっと言葉を飲みこんだ。
ダイヤが散りばめられているものから、シンプルなデザインまで沢山の種類があり、全て一通り説明をしてくれた。
「指輪を選ぶ?ですか?」
隣にいる十和田に小声で千輝は聞いた。
小声で聞くが、個室であり静かな場所なので、ここにいる全員が千輝の声に頷いている。
更に千輝の前には、ニコニコと笑顔で指輪の説明をしてくれた販売員の方、部屋の奥には数名同じく笑顔でこちらを見つめているスタッフの人達がいる。
急にこんなハイブランドのジュエリーショップに連れて来られて、恐縮してしまう。
ジュエリーショップに入るのも初めてであれば、個室も初めてである。礼儀作法など知らず、何をどうしていいのかもわからない。そもそも何でここにいるかもわかっていなかった。
「プロポーズしただろ?だから、指輪も受け取ってくれ。とりあえずひとつ選べよ。でもさ、二人でするからこの辺のやつだろ?こっちはペアじゃないから」
堂々とした態度を崩さずに十和田が言う。
この辺のやつという十和田の指先を見ると、結婚指輪が並んでいた。その他は婚約指輪のようでペアリングではない。
こうやって十和田はすぐに行動を起こしてしまうので、理解するのに時間がかかる。それでも今回はすぐに理解できた方だと千輝は思った。
なるほど…プロポーズをして千輝が受け入れたから、次は指輪だ!指輪を買わなくては!と思ったんだなとわかった。
お店の方では、婚約指輪と結婚指輪の両方揃えてあった。多分、どちらを希望しているのかわからなかったから全て揃えてくれたのだろう。
十和田の口振りで、結婚指輪を希望していたとわかったお店のスタッフ達は、ササっと結婚指輪を全面に揃え始めた。顔色を変えることなく客の希望に応える姿に、プロだと千輝は感心する。
指輪を買いたいと、せめてタクシーの中で言ってくれたり、あんなに沢山メッセージ送ってきてたんだから、メッセージで伝えてくれれば心の準備が出来ていただろう。
サプライズ演出ではなく、いつも本気の天然サプライズだから心が乱されて困る。
しかし、これが十和田なので慣れていくしかない。もう、本当に仕方がない人だなと何となく千輝は笑ってしまった。
目の前の指輪を改めて確認する。十和田は二人でそれぞれ身につけるマリッジリングを買いたい。千輝にもらってもらいたいと言っている。
どれがいいのだろうか。それに、値段も気になる。全て値札はついていない。
どうしたらいいだろうかと、悩んでいるところに販売員の方から声をかけられた。
「指輪って、誓いを目に見えるかたちで表すために贈るものなんです。口約束の状態から物で残す事で信用性のある約束に変わります」
へぇ上手いこと言うなと、十和田は関心して笑っている。
「でも、そうだな。生涯守り続ける、支え続けようという決意かな。それに形あるものが見えると、決意を思い出す事ができるしな。指輪ってそんなもんだろ」
と、十和田は指輪を見ながら言っていた。千輝も店員もその言葉を聞き頷いている。
色々あるデザインの中から、千輝は至ってシンプルなデザインを選んだ。ダイヤがついている物もあったが、それはちょっと派手だからと、何もついていないものを選んだ。
十和田も身につけると考えて少し幅の広いペアリングにする。選んだそれは、二人が身につけてる姿が想像できる物だった。
「指輪の内側に名前や記念日など入れられます。いかがいたしますか?ダイヤも入れることができますよ」
指輪が決まっても、それだけではないようである。名前やイニシャル、二人の記念の日付けなど刻印として入れることが出来るという。
「ダイヤを指輪の内側に入れてどうすんの?見えないだろ?」
不思議な顔をして十和田が、販売員に尋ねた。確かに、千輝もなぜ外側ではなく、内側にダイヤを入れるのだろうと思っていた。指輪なんて初めてだ。よくわからない。
「外側にダイヤが入ると、少し派手なので苦手だとおっしゃる方もいらっしゃいます。なので内側に入れるのも人気なんですよ。内側にダイヤが入るのをシークレットストーンと言い、お二人にしか知らない秘密みたいな感じですね。それに、指輪をしていると内側のダイヤ跡が指に残って、スタンプされるようになるので、それも可愛らしいと評判です」
「千輝の方だけは、内側にダイヤ入れよう。ダイヤは任せる」
食い気味で十和田がお願いしていた。指に残る跡は、千輝は俺のものだという印と考えたようだ。
独占欲があるが、案外十和田はロマンチストなんだなとも思う。まあ、内側なら見えないので派手にならずにいいだろう。
「承知いたしました。名前や日にちは、いかがいたしましょうか」
「名前とかはなぁ…うーん、なんかこう、俺だけのものってないのかな…あ、そうだ。指紋は?指紋って入れられる?」
また突拍子もないことを言い出したと、千輝はびっくりして十和田の方を振り向く。
「素敵です!内側に指紋入れましょう。すごくいいですね。指紋は一部だけになりますけど、内側に入れることはできます。指紋は生涯変わらないって言いますもんね」
「だろ?じゃあ、俺の指輪には千輝の指紋な。で、千輝の指輪には俺の指紋にしてもらうか」
途中から十和田とスタッフのお姉さんとで盛り上がり、十和田のアイデアで着々と指輪のデザインが決まっていった。
出来上がりは一ヶ月位だろう、仕上がり次第お届けにお伺いしますと言われた。ダイヤは任せるが、Dクラスを入れることで十和田とお店側とで話がついた。
きっと十和田はダイヤのクラスなどはわからないと思うが、お店からの話を聞いてさっさと決めてしまった。指輪の値段を聞くのが怖い。
「とりあえず支払いするよ。ダイヤ分の追加はまた教えて。その時に払うから」
そう言いながら十和田は、首に引っかかっている紐を引っ張り上げた。十和田の動作を見ていた千輝はハッと我に返り、目は紐の先を追い釘付けである。
案の定、首に下がっている紐の先は、千輝が十和田に送った『犬のポーチ』だった。
財布を捨てた十和田に、臨時で使ってもらうために宅急便で千輝が送っていたものだ。
引っ張り上げた犬のポーチからクレジットカードを取り出し、十和田は支払いをしている。全ての動作がスローモーションのように見える。
まさかこんなハイブランドのお店で、ポーチからカードを取り出し支払いをするとは思わなかった。
この場にいる全員が犬のポーチを見ているが、プロなので二度見もしなければ、驚きもしない。
首から下げ、ポーチはTシャツの下に入れていたようなので気が付かなかったが、そんなことも日常のような顔で皆見てくれている。
「大誠さん…ずっと下げてた?」
小声で千輝が聞くが、何のことか十和田には通じなかったらしく、聞き直される。
千輝が慌てているので、「疲れたか?」と手を握ってくる。「そうじゃない」と千輝が首を振ると、「何だ?どうした、大丈夫か」と言葉を被せてくるので、もう聞くタイミングを逃してしまった。
支払いが終わり、『犬のポーチ』から出てきたとは思えないステータスのクレジットカードを受け取っている。またポーチの中に丁寧にしまっているのが見える。
「じゃあ、帰ろうぜ千輝」
十和田に手を引かれて立ち上がり、お店のスタッフ全員に見送ってもらう。
外に出たら急な疲労感が押し寄せてきた。
「タクシーで帰る?」と、十和田に聞かれ
「電車で帰りましょう。ゆっくり歩きたいです」と、千輝は答えた。
この前から生活がガラリと変わった。今日の指輪購入もそうだ。自分ひとりでいた時には、考えたことがない展開になっている。
だからゆっくり十和田と二人で電車に乗り、家まで帰りたい。久しぶりに二人で一緒に坂を上がって帰りたいと、千輝は考えていた。
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