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第28話【R/A】
引っ越しをしたアパートに、二人一緒にバイクで帰ってきた。暁斗が鍵を使い、玄関のドアを開けているのを見ている。同じ場所に住んでいるんだと改めて感動する。
鍵を閉める、鍵を開けるなんて、普通の動作なのに、こんなに感動するんだなと思いながら暁斗の手先を見ていた。
「おい、簾!聞いてんのかよ…なんで、千輝さんがキッチンで、お前がホールに代わるんだよ」
暁斗の言葉にハッとした。意識が手元から暁斗の声に移るが、暁斗はそのまま玄関に入りスニーカーを脱いでいる。
「仕方ないだろ。千輝さんは今、ちょっとホールに出るのは難しいんだよ」
簾は答えながら、暁斗に続いて玄関でスニーカーを脱いだ。コンビニで買ってきたアイスを暁斗に手渡す。暁斗は手渡されたアイスを冷凍庫に入れているようだ。
毎日同じような生活をしているので、何も言わずとも相手の動きがわかる。
簾の動きに合わせて、自然に暁斗も動く。それに気がついた時、簾はまたかなり感動した。
「なんで?何かあるの?」
動作にばっかり意識がいっていたので、暁斗との会話が上の空になりそうだった。
「…まぁな。大誠さん絡みだけど、何かあるっちゃあるんだよ」
十和田が自宅に戻ってきた後の数日間は、千輝がキッチンに入ることになった。
その間、簾が千輝の代わりにホールに出ることになった。そのことを暁斗は言っていた。
「何でだよ。お前デカいからホールに出ると、かさばるんだよ。俺と千輝さんならスイスイって出来るのに」
「まぁ、後もうちょっとだと思うから。それまで辛抱な」
千輝の首筋にある赤いアザを見た。すぐにキスマークだなとわかった。十和田が付けたものだなとも思った。
だから千輝にはキスマークが消えるまで、キッチンに入ってもらっている。こっそりホールとキッチンを変わろうと千輝に言った時、ぎゃっと変な声を上げて、慌てふためいていた。その後、ごめんと小さな声で謝られた。
シャツの襟で隠しきれないところに付いているので、そのままホールに出るならば、
きっと目ざといカフェ常連の女の子達に言われてしまうはずだ。女性の目は鋭い。
だけど、そんなこと暁斗は知らない。キスマークだなんて知ったら暁斗は驚き、挙動不審になってしまうだろう。
「なんだよ、何かあれば教えろよ」と言い残し、バスルームに暁斗は入っていった。
一緒に生活していると暁斗は案外ルーズだったりする。自分のテリトリーだけは、几帳面に片付けてあるが、二人共同で使うリビングなどはあまり気にしていないらしい。警戒心がなく、簾の前では気を許してる証拠だと嬉しく思っている。
バスルームに暁斗が入っている間、簡単にリビングを掃除をしながら、十和田と千輝のことを考えていた。
十和田と千輝が離れている間、簾は何度か十和田と連絡を取り、家に行ったりバイクで近くの海にツーリングしたりしていた。
その度に、十和田は何となく考え込んでいたのを思い出す。千輝との間に何かあったんだなとは思ったけど、大人の二人に口出しすることではないから、簾は黙って見ていた。
今の幸せそうな千輝と十和田を見ると、二人が仲直りしてよかったなと心から思う。大人でもすれ違ってしまったら、長く拗れてしまうんだなということも、見ていてわかった。
十和田から家に戻ってきたと簾に連絡があった。それと、あの話どうした?とも聞かれた。
お前の話も帰ったら聞くからと、十和田が東京のホテルに行った時に言われていたことだと、簾はすぐにわかった。
将来のこと、それと実家を出て部屋を貸りること。その二つを十和田には話をしていた。親との確執も掻い摘んで話をしているので、何となく事情は察してくれている。
やりたいと思ったことがはっきりしているのであれば、ぐずぐずするな、すぐに行動に移せと、以前から十和田に言われていたので、実家を出て部屋を貸りることを即座に決めそして、暁斗にそう話をした。
暁斗はその時何とも言えない顔をしていたのを覚えている。簾と親との確執を知っていたからだと思う。
確かに、親からは「家を出ろ」とは言われたが、簾は元々そのつもりで準備をしていたから大きな問題はない。そう言ったら少し考えて、自分も一緒に住んでいいかと暁斗は聞いてきた。
何を考えて一緒に住むと暁斗が言ったのかはわからない。だけど、簾は嬉しかった。
自分とは違い、暁斗の素直でひねくれていない性格に簾はだいぶ救われてきていた。そして、簾はそんな暁斗に惹かれている。
だからこそ、一緒に住むことが出来て、簾は嬉しくてたまらなかった。
「明日休みだからゲームするか?」
バスルームから暁斗が出てきたので簾は声をかけた。おう!と機嫌よく答えてくれた。
「俺もシャワー浴びてくるからセッティングしといて」
簾は暁斗に声をかけて、バスルームに入る。好きな人との生活は毎日楽しいと感じていた。
◇ ◇
カフェの営業終了後、冬が近づく前にと、新メニューを千輝と簾は一緒に考えている。
このカフェがある地域では、味が濃い野菜が多く育ち、名産にもなっている。
その新鮮な野菜は、既にカフェではサラダとして提供しているが、その野菜を使いチーズフォンデュを新メニューとして加えたいと簾は千輝に伝えていた。
「そうだね、いいと思う。コスト的にも優秀だし、この地域の物をお客様へ提供したいってのはあるよね」
「ちょっといくつか内容を考えてきます。今度、店が終わったら確認してもらっていいですか?」
千輝にOKをもらい頭の中でメニューの組み合わせを考えた。
「あ、簾くん。そういえばこれ、大誠さんが渡しといてって言ってたよ。上着だけど、これで当たってる?なんか、大誠さんは着れないから、簾くんがバイクに乗るときに着てくれって言ってたよ?」
シングルのライダースジャケットだった。
しかもハイブランドの物だ。値段もバカ高いのはブランド名を見てわかる。さすが十和田、持ち物全てが一流だ。
「うわ...マジ? 大誠さん覚えててくれたんだ。今度くれるって言ってて。マジか!
すげぇ嬉しい。ありがとうございます。大誠さんに連絡しておきます」
ちょっと着てみてと、千輝と暁斗が言うので、着てみたらサイズはピッタリだった。
体格の良い十和田には小さかったと言っていた。簾も十和田と同じく身長は高いが、体はそこまでがっしりとはしていない。細身のシングルライダースは、簾に似合っている。
「かっこいい、さすが簾くん。バイク乗るとき以外でも着れるよ。おしゃれだし、更にモテそうだね」
千輝は十和田に伝えておくよと、言ってくれた。
「千輝さん、これ俺が着ても簾みたくカッコよくなると思う?」と、暁斗が千輝に聞いている。
「いや...暁斗くんは、かわいい系だからね、これはちょっと無理かな」と、千輝は苦笑いをしている。
千輝がそう言うと「やっぱりな、だよなぁ」と、暁斗も苦笑いをしていた。
「そういえば、大誠さんは今日迎えに来ないの?」と暁斗が続けて千輝に聞いている。いつもならこの時間にはバイクで迎えにきているはずだ。
「うん…今日は編集者と打ち合わせがあって東京に行ってて。なんか大変そうだから、泊まってくれば?って言ったんだけど…」
と、話しているところに千輝の携帯が鳴った。カフェの営業が終了したのを待って電話したのだろう。この着信は十和田に決まっている。
「あっ、ちょっとごめんね」と言い、千輝はキッチンの方に行き通話を始めた。
「え?なんで?ダメに決まってるでしょう?僕は明日も仕事です。だから...終わるまではそこに泊まって、ね。そう、終わらせて。うん、そうですね。はぁ?そんなことしたら、太田さんが大変でしょう?ダメ、うん、そう。ダメです。今、周りに人はいますか?いる?そういうことは大声で言わないって何度も言ったでしょう?びっくりしちゃう人もいるから。そう、わかった。待ってるから。うん、家で、ね。うん、僕もです...」
本人は小声で話しているようだが、キッチンで通話する千輝の声は丸聞こえだった。
その千輝がぐったりしてホールに戻ってきた。
「千輝さん、なんか大変そうだね」
戻った千輝に、暁斗がニヤニヤして声をかけた。
「あ...っははは。ごめん、聞こえてた? もう駄々こねちゃって。小説で一部直しがあるらしくって今朝出掛けて行ったんだけど、今日中には終わらないみたいで…そしたら、今から一回家に帰って、明日の朝バイクでホテルに戻るとか言い出して…担当の編集者さんからも、何とかホテルに滞在するように説得して欲しいって、メールを貰ったんだけど。もう、帰る帰るって言ってて、あっちでも大変みたい。終わらせたら帰って来て下さいって、何度も大誠さんに伝えてるんだけどさ…」
自分の気持ちを自覚した途端、真っ直ぐに千輝だけを見つめ、想いをぶつけている十和田を簾は羨ましく思う。いつか、十和田のように行動したいという思いがある。
それに、千輝が通話で言っていた最後の言葉の『僕もです』は、きっと『好きだ』と十和田に言われた返事だろう。二人の関係を羨ましく思う。
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