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第32話
カフェの冬メニューは、チーズフォンデュにしようとなった。その具材を考える試食会だった。
「この辺で採れる野菜を使いたいんです。味は濃くて美味しいからチーズにも合うし…大根と、葉っぱ物でしょ、トマトとブロッコリーかな。後はベーコンと、」
簾は家で暁斗と色々な食材を試してみたと言っていた。それぞれの具材を試して食べてみる。
カフェ周辺の農家で育てている野菜は簾の言う通り、どれもこれも美味しい。胸を張って提供できる食材だ。
「うーん…でも普通って感じかな。どう思う?何かひとつアクセントないかな」
美味しいが、もうひとつ何か欲しいと思う。千輝はそう言い、首を捻って考えていた。
隣に座る十和田をチラッと見るも、淡々と食べているだけで何も言わない。前に座る二人も黙々と食べている。
千輝は立ち上がりキッチンの冷蔵庫を覗き込む。続いて簾もキッチンに入ってきていた。
「とりあえずさ、冷蔵庫の中の物全部出してテーブルに並べよう。それでちょっとずつ試してみよう」
千輝の一言で簾は頷き、冷蔵庫の中の物を取り出している。
「この辺で作ってる野菜か…何があるんだ?」
十和田が何やら呟いている。
「おい、簾!この前、佐々木のとこで作ってたやつなんだっけ?」
「あ、えーっと…ラディッシュですね」
「それでいいじゃねぇかよ。佐々木が売れねぇからって言ってたろ?」
十和田と簾の共通である知り合いがいるなんて初めて知った。千輝と暁斗は、十和田と簾のやり取りを眺めている。
「大誠さんと簾くんの知り合い?佐々木さん?」
どこの農家さんだっけ?と千輝は考えていたが、二人とたまにツーリングしている仲間だとわかった。ラディッシュと芽キャベツを作っている農家と言っている。十和田の交流関係は広い。
「簾くん、ラディッシュいいかも!可愛いし女子ウケあるよね?」
「そうだよ!芽キャベツもいいかも。シチューとかに入ってても可愛くて美味しいし、その2つはアリだと思うな。野菜は日替わりで提供してもいいしさ」
カフェの常連はほぼ女性だ。女性好みに合わせてもいいかと思うと、千輝と暁斗が後押しすると、簾はコストがどれくらいか確認してみると言っている。
「後は何かな…」何か、コレ!といったものが欲しいと千輝は引き続き考える。
「俺さ、これ食べてみていい?」
暁斗が手に取ったものは、簾が作った『フルーツラビオリ』だった。いつもフルーツを入れてくれている農家さんから「食べてね」と、いただいたドライフルーツを包んでラビオリにした物だ。不揃いの果物はドライフルーツにしていると言っていた。
「えーっ、甘いんじゃねぇの?それ。暁斗チャレンジャーだな」と十和田が冷やかして笑っている横で、暁斗は、ぱくぱくっと食べていた。
「えっ…うまいよコレ。なんだろ?イチジクかな?えっと、こっちはレーズン…ぶどうとナッツ?」
暁斗の驚きにどれどれとみんなで摘んでみる。確か、フルーツラビオリは、デザートとして簾が考えていたものだ。
「ドライフルーツをたくさん貰ったので、皮で包んでラビオリにしたんです」
簾も自分で作ったラビオリを摘んでいた。
チーズフォンデュで食べてみると、チーズの塩気とドライフルーツの甘みが絡みとても美味しい。そして新しい。これはイケると全員が確信した。
「大誠さん、チャレンジャーはいい仕事するんです」と、みんなに褒められて暁斗はふんっと胸を張って十和田に向き合い、皆で笑い合った。
「このチーズの残りを捨てたくないんですよ。暁斗にもそれを考えろって言われたし…だから、チーズフォンデュの〆はパスタかリゾットにして提供したいんです。そうすれば、残さず食べれるし…」
簾は残さずに提供できる物、そしてこの辺の地域の野菜やフルーツを使いたいと常日頃から言っている。千輝もチーズフォンデュの〆はリゾットがいいかなと考えていたので、それで決めようとなった。
「これで大体決まったね。よかった。簾くん、暁斗くんありがとう。物凄く、頼もしいよ本当に」
千輝がお礼を言い、冬のメニューに入れてスタートさせようということになった。
「ね、大誠さん。今のさ、これも『じわじわ』ってきた?千輝さんに、じわじわきてる?」
さっきの話がまだ気になっていたのか、暁斗が十和田に質問をしている。
「お、その通りだ。千輝がやりたいことっていうか、目指してるとこはブレてねぇなって思うしな。このカフェをオープンさせるって考えた時の千輝は知らないけどよ、その頃はまだ俺たち出会ってないからな。だけど、今の千輝がやりたいことはわかる。多分、俺が感じている事と同じだ。そんな答え合わせみたいなものにも、毎日、じわじわきてるよ。こんなこと考えてるんだなとか、この前こんな顔してたのは、このことだったか、とかな」
真面目に話をしたことはないが、恐らく十和田はカフェを経営する上での、方向のことを言っている。
千輝はずっと、カフェの仕事が好きで色々な所で働き、資格を取り修行をしてきた。
自分の店をオープンさせることができたが、それで終わりではなかったなと、最近よく考えている。
このカフェに通ってくれる人、ここで働く人、ここに何らかの関係を持つ人、例えば仕入れ業者など。
その全ての人とビジネス上の付き合いで片付けることなく、お互いが役立つこと、役立つもの、それを作り出すことを考えるようになっていた。
千輝のカフェを通じて、皆がそれぞれプラスになるようなことを考えている。
「やってみて違うと感じたらまた修正すりゃいい」と、よく十和田は言ってくれる。千輝がちょっと悩むとわかるんだろう。
「よく見てますね…」
もう…と、千輝は十和田を少し睨みながら言う。照れ隠しだ。そう言うと十和田は嬉しそうな顔をしていた。
「じわじわ…ですか。深い…」
「うっ…俺、何かわかるような、わかんないような…」
簾と暁斗は、すっかり十和田の言葉に魅了されたような顔をしているが、言い始めた当の本人である十和田は、二人を見てまたニヤニヤと笑っている。悪い大人の顔だ。きっと、若者たちが悩んでる姿が楽しいのだろう。
「でもよ、〆でリゾットとかパスタをテーブルで作ってやったら、また簾の人気が出ちゃうぞ。簾くん指名でお願いします。とか言われるじゃないか?」
まだ笑っている十和田が茶々を入れている。それを聞き暁斗は、すかさず十和田に言い返す。
「そしたらさ、千輝さんだって指名されるよ?今日、店長いないんですか?って休みの日に、千輝さんのことよく聞かれるもん」
ニヤニヤと笑う十和田に言ってやったとばかりの笑顔で暁斗が伝える。
「え…マジ?」
十和田が真顔になり千輝の方を向く。
真剣になるほどしつこく聞かれるのを知っている。なので、そうやってふざけて言うのはやめて欲しい。しかも大袈裟に言わないで欲しいと千輝は暁斗を睨む。
「なぁ、千輝…そうなのか?」と真顔になった十和田からは、早速質問を受け始めてしまった。
冬のメニューも決まったし、今日はお開きにしましょうと千輝はさっさとキッチンに入り後片付けをした。
◇ ◇
ペアリングというか、結婚指輪というか、一緒に銀座のジュエリーショップで選んだ指輪の仕上がりを少しでも早くして欲しいと、十和田が連絡していた。
「別にいつでもいいじゃないですか。そんなに急かさなくても…」
「いいや、ダメだ。状況が変わった。千輝、頼むから接客する時は指輪をつけていてくれ」
暁斗が話した『千輝もカフェのお客さんから声をかけられる』ことを案の定しつこく聞かれた。
簾は女の子から連絡先を貰ってるという話にもなり、更に輪をかけて千輝に矛先が向いている。
連絡先なんて貰うことないし、貰いませんと、何度も伝えているがわかってくれない。
指輪をつければ、俺のものだと他人に無言の圧力をかけることができると思っているのだろう。なのでホール担当の時は指につけてくれと言う。キッチン担当の時は首から下げれるように、プラチナのネックレスも用意したと言っていて、また千輝を驚かせた。
そんなに他人を意識する程でもないのにと、千輝は思っているが十和田はそうではないらしい。仕方ないので好きにさせている。
「あ、そうだ。そういえばさっき太田から連絡があって、小説の発売が決まったって言ってた。今回は遊びの延長で二人で書いたものだから、大きく広告は打たないだろうし。なんかの付録みたいなもんだろうけどな」
「ええっ!あのホテルで書いたやつですよね?うわぁ…楽しみにしています。大誠さんの小説ってバイオレンス要素がたくさんあってちょっと怖いけど、スカッと爽快ですもんね。早く読みたいです」
「そんなじゃないから期待しないでくれよ」
千輝が興奮気味に言うも、腕を組み十和田は難しい顔をしたまま、今回は違うと言い、深くソファに座り遠くを見ている。
何事かと千輝は近くまでいき、まじまじと顔を見つめる。ついでに少し甘えたいので、十和田の膝の上に乗った。
「いつもと違うから、どうなんだろうな。俺が恋愛部分を書いて、加賀がミステリーとトリックを書いたけど、結局双方で手直しを入れたんだ。あれが、本になるとはねぇ…恋愛ミステリーだってよ」
独り言のように呟きながらも、十和田の両手は千輝の腰をしっかりと抱きしめている。
千輝は難しい顔をしている十和田の頬を両手で支え、チュッとキスをした。どんな顔をしていても十和田はカッコいい。
「千輝…愛してる。好きだ…」
「大誠さん、明日休みですよ?」
千輝は自分から求めることも、最近は覚えた。そうすると十和田は嬉しそうにするから、気兼ねなく甘えることができる。
「そうか、このままベッドにいけるな?」
やっぱり嬉しそうな顔をして十和田はベッドルームまで千輝を抱きかかえて行った。
千輝が「大誠さん好き」と耳元で言うと、十和田はベッドルームのドアに足をぶつけていた。
それを見て千輝はクスクスと笑い、十和田は「痛ってぇ…」と呟いている。こんな十和田を見れることにも優越感を持つ。二人だけの秘密が増えるのは嬉しい。
明日は休みなので時間を気にすることもない。寝坊したっていいだろう。
ベッドに横に寝かされ、名前を呼ばれながらキスをされるのが好きだ。
離さないで欲しいと、十和田をきつく抱き寄せてしまう。こんな態度を取ってしまうから、『千輝は不安なのかも』と十和田に心配されるんだと、頭ではわかっている。
けど、そんな態度をいつもやめられないでいる。ベッドでは甘えてしまう。
出来ることなら、あなたの皮膚の中に入り込みずっと一緒にいたいと、千輝が言ったら笑われた。
俺は君を腕の中に閉じ込めておきたい。本当はどこにも出したくないといつも思っていると、言い返される。
どっちもどっちだねと、今度は二人で笑い合う。
その後十和田が首筋にキスをしてきた。
休みが始まる合図のようだ。
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