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第34話【R/A】
冬のメニューのチーズフォンデュは好調だった。暁斗が提案したフルーツラビオリがオシャレで美味しいと、常連客からはリピートされている。
土、日の売り上げも新記録更新し、カフェスタッフは全員忙しく動いていた。
明日は、やっと定休日だ。
定休日前日は、営業終了後にまかない料理を摘むのがここ最近の流れだった。簾と暁斗で準備をしている。今日は簾がチーズと野菜をつかったキッシュを作っていた。
「ねえ、千輝さん。また聞かれてたでしょそれ。何て答えてるの?」
暁斗の指は千輝の指輪をさしている。確かに客席で千輝は色々聞かれているようだった。暁斗はそれについて、興味津々で聞いている。
「えっこれ?指輪?うーん…恋人いるんですねとか、結婚したんですかとか聞かれるかな。そんな質問には、そうですよって言ってる。どんな人?とか突っ込んだ質問もあるけど、優しくてカッコいい人ですよって答えてる」
チーズフォンデュのシメとして、リゾットかパスタをテーブルで作り、お客さんに取り分けるので、その間千輝は質問攻めになっているらしい。
「意外とね、堂々と答えると『ああそうか』って思うみたいで、その後は何も聞かれないよ。それに、お客さんはみんな僕より簾くんとか暁斗くんの方に興味あるでしょ」
あははと豪快に笑っている。千輝は何を言われても平然とした態度でいるのを見て、十和田に似てきたと簾は思っていた。以前の千輝とは格別に違う。
「簾はいつものことだよ。冬メニューのチーズフォンデュが始まってから、簾がホールの日は女の子が更に多く入るもん」
「暁斗だって、今日テーブルで盛り上がってただろ?」
暁斗が接客した女の子4人グループの席で、そこには以前ダブルデートの時に来ていた空もいた。空を含めそのテーブル全員で楽しそうにしていて、笑い声が絶えなかった。
「最近何のゲームやってるかって話して、今度一緒にやろうってなった。女の子が得意なゲームは俺も好きなんだ。だからその話で盛り上がっちゃった」
「最近、お前はゲーム上手いもんな」
簾が笑いながら揶揄う。最近は、暁斗をバックハグをしながらコントローラーに手を重ねて、簾がゲームを誘導していた。なので、暁斗のゲームも上達している。
「あのゲームはお前の世話にならないで出来るんですぅ。上手いよ?俺。今度一緒にやる約束したんだ」
また知らないところで暁斗が約束してきたと、簾は舌打ちをする。空に釘を刺しておかなければと考えていた。暁斗に近づいてくる奴には先手を打っておく必要がある。
「簾くん!このキッシュあり!テイクアウトのランチボックスにいいかも。フードロスにもつながるし、これやろうか」
千輝の声に簾はハッとした。ドス黒いことを考えてるなんて周りには知られたくない。平常心でいるように自分に言い聞かす。
千輝が楽しそうな声を上げ、簾に畳み掛けるように伝えるのを聞き、ドス黒い気持ちは他にバレていないとホッとする。
キッシュを新しくメニューに加わえようという話になる。コスト的にも優秀であれば試してみる価値はあるので、やり方、やる時期を考えようということになった。
そんな話をしていたら「よう!」と十和田が入ってきた。毎日のことではあるが、千輝を迎えに来ている。
「アイスワイン買ってきた」
やった!と千輝が手をたたいて喜んでいる。近所の酒屋で手に入ったと十和田は言っていた。
「へぇ、アイスワインっていうのがあるんだ。美味しいの?」
暁斗がボトルを持ち上げてラベルを読んでいる。
「食後に飲む感じだな。甘くて俺はあんまりだけど、千輝さんこれ飲むとすごいんですよ」
十和田がニヤニヤとした顔をして言うと、
ちょっと!と千輝が大声を出している。
千輝の顔が赤くなっているので、二人の間だけのことがあるんだなとわかる。きっと、エロいことなんだろうなということもわかる。本当に二人はわかりやすい。
「暁斗、飲むか?1本やるよ」
ラベルを食いつくように見ていた暁斗に十和田はプレゼントだと言いあげていた。
「えっ、マジで?いいの?ありがとうございます!」
遠慮なくすぐに暁斗が貰っているので、みんなで笑う。十和田は、すごいことになるなよ?と揶揄っている。暁斗は意味がわからないようだ。
「クラムチャウダーちょっとだけ残りありますけど、食べます?パンはもうないので、お皿になるけどいい?あ、簾くんが作ってくれたキッシュもありますよ」
千輝が十和田に確認しながらキッチンに消えていく。その間に、暁斗が十和田に話し始めた。
「大誠さん。千輝さん、指輪のことお客さんに聞かれてる。でもさ、上手くかわしてるよ。結婚してるようなもんですぅ、相手の人は、優しくてカッコいい人ですぅって言ってる。だから大丈夫だよ。大誠さんの指輪も見せて?」
暁斗は、十和田に千輝のことをしつこく聞かれる前に自分から報告する術を持った。賢いと簾は暁斗に言ってある。先にいい報告をしておけば、十和田の機嫌は良くなり、千輝にも迷惑がかからないと、簾も暁斗も学んでいた。
ほら、と十和田が指輪を外して暁斗に渡している。シンプルだけど、高そうな指輪だなと思った。
「あれ?これ内側に何か書いてある?何て書いてあるんだろ?え?字じゃないの?」
「ああ、それな。それは指紋だ」
「「指紋!?」」
暁斗と簾は同時に声を上げた。
十和田の指輪にも、千輝の指輪にもそれぞれお互いの指紋が入っているという。
「すごい…何か覚悟って感じですね」
簾の声に千輝が反応した。十和田は出されたクラムチャウダーとキッシュを食べ始めた。
「大誠さんが言い出したんだけど…そうだね、覚悟もそうだけどお互いの決意みたいなとこもあるかなと思ってる。でも、指輪は贈ってもらえて嬉しいし、指にはめてるのが見えると安心するよ」
「でた…またこの人達、ナチュラルに惚気てる」
暁斗が呆れた声で言うが、ふふふと千輝が笑い、十和田は千輝の腰に手を回している。最近二人はスキンシップも隠さないようになってきている。
◇ ◇
あの日から家の中では、簾が暁斗をバックハグするのが通常スタイルとなり過ごしている。簾にしてみれば願ったり叶ったりであった。
最初はゲームをしている時、後ろから抱きしめながらコントローラーに手を添えてあげた。そうしてあげると、暁斗はゲーム中にミスをしなくなり上手く出来るからと簾が理由を勝手につけた。
実際、ゲームが上手くなり暁斗はめちゃくちゃ喜んでいる。
次第にテレビを見ている時でもそのまま、アイスを食べる時もそのままとなり、今では家の中でバックハグが二人の通常ポジションとなっている。
「家の中だし、誰も見ていない。好きに過ごしていいだろう」と言う簾の言葉も大きかったようで、暁斗は恥ずかしがることもなく、のびのびとバックハグを満喫しているように見える。
しかも「簾に後ろから抱きしめられると安心する」と嬉しいことを言ってくれるので、暁斗のお腹の前に回している簾の手に力も入る。
今日も暁斗は風呂上がりにするりと簾の前に座ってきた。そのまま簾は後ろから暁斗を抱きしめ、肩にあごを乗せテレビを見ることになる。毎日の行動なのでスムーズになっている。
「アイスワイン飲むか?」
十和田から貰ったからと、暁斗に聞いてみた。飲む!と元気な返事があったので、キッチンに行きグラス二つとアイスワインを掴む。
「そういえば簾ってバルでもバイトしてた時あったよな?ワインとか詳しい?」
「大誠さんみたいに詳しくないよ。バイトだったからなぁ…でもワインは好きだね。アイスワインはあまり冷やさないって言われたな」
ほら、とグラスに入れて暁斗に渡し、後ろから抱きかかえるように座る。つまみにと、チーズケーキも出してあげた。
「チーズケーキ?」
「うん、これ斜め前の店のだよ。千輝さんが持って帰ってって言ってたから貰った」
カフェの斜め前にあるケーキ屋のものだ。たまにお互い差し入れをする仲だった。うちからはクラムチャウダーを渡したりもしている。
「俺このワイン好き!美味しい。チーズケーキとの相性も良い!」
琥珀色のワインは少しトロッとしている。暁斗の口に流し込む琥珀色を見ていた。
「飲み過ぎるとすごいことになるって大誠さんが言ってたぞ」
特別な飲み物ではないのに、ビールより水より、アイスワインには色欲をそそられるものがある。何故だろう。
大人二人はきっと、アイスワインを飲み過ぎた遊びをしているんだろうと、簾は想像していた。
羨ましい。俺はいつになったら出来るんだろうかと考える。そもそも、そんなことが出来るかもわからない。
「お前…たまにそんな感じのおっかない顔してるよ?殺し屋みたな顔…」
上目遣いで振り向き、暁斗は簾の眉間を触りながら言う。えっ?と簾は聞き返したが、暁斗はまだ簾をじっと見ている。
気がついていたか。
暁斗の手はあったかくて、触られていると気持ちがいい。しかし、人のことを殺し屋みたいな顔というのは失礼だ。
「気をつけろよ?イケメンの簾くんがそんな顔してたら、女の子ビビっちゃうぞ」
簾が不機嫌になったり、考えたりしているのを暁斗は気がついているとわかり、嬉しく思う。不機嫌になっている理由はわからないと思うけど。それでも、こっちを見ていてくれたと思うと尚更、嬉しい。
簾は「うん」と暁斗の肩で頷いた。頷きながら暁斗を抱く手に力がグッと入ってしまった。
すると暁斗はゲラゲラと笑い、そのまま体重を預け簾にもたれかかってきた。無防備になってきているので、ドキッとする。
「なんだ簾、甘えてるのか?よしよし、大きなワンちゃんですね〜」
暁斗は両手で簾の頭をぐしゃぐしゃに撫でてきた。簾は笑いながら暁斗を更に引き寄せる。
二人で笑い合い頬が合わさった。
暁斗の頬は熱い。アイスワインで酔ってきているのだろうか。十和田が言う『すごいことになる』とは本当かもしれない。
頬が合わさる延長線に口の端が近くにある。二人でふざけながら戯れあっていたら、お互いの唇の端が少し触れ合った。
偶然だった。キスをしようとしたわけではない。いや、キスとは呼ばないくらい微かに触れ合っただけだ。
暁斗に嫌がられると思ったが、酔っているからか「なんだよ」と言い笑うだけだった。
ホッとした簾は「お前、酔ってきたな」とまた後ろから抱きしめて笑い、口の端を近づけた。二回目も唇の端と端を付け合わせた。二回目だから偶然ではない。
二人でまだ笑い合い、ふざけ合う。
バックハグも唇の端にするキスも、暁斗は流されるようにしてくれる。
このままでずっといたい。
明日が来なくてもいい。
時間が進まなければいいのに。
踏み込むことが怖くて出来ないでいる。
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