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第37話

千輝と呼ぶ声が聞こえる。いつの間にか寝てしまっていたらしい。身体はさらっとしているので後始末はしてあるようだ。 呼んでる声はどこからかなと目を開けると、ベッドの下の方に座っている十和田と目が合った。 「大丈夫か?つらくないか?さっと拭いたけど、風呂一緒に入ろう」 裸のまま横抱きにされてバスルームまで移動した。湯船にお湯が張ってある。 さっき、シャワーを済ませた時に千輝が考えていたことが伝わっていたのだろうか。 檜の浴槽にお湯が張ってある。久しぶりに入れるので嬉しい。温かいお湯は気持ちがいい。 最近、家事全般は十和田が担当してくれている。元々器用な人だし、何もかも出来るからなのか、やってもらってばかりだった。十和田を支えていこうと思っていたのに、これじゃダメだなと考えてしまう。 この家の浴槽は広くて大きい。二人で横になって座ることもできるほどだが、いつも二人で入る時は、千輝は十和田の膝の上だった。この浴室も、十和田が張り切って掃除をしているのを知っている。 「大誠さん…最近、家事全般やってくれてるでしょ。ありがとう。中々出来なくてごめんね。明日の洗濯からは頑張るから」 あははと浴室に響き渡る声で笑っている。檜の浴槽の中で、大柄な男の十和田が笑うから余計にお湯がじゃぽじゃぽと揺れて波を打つ。 「やれる奴がやればいいんだよ、そんなことは。気にするな、俺には時間がたくさんあるって言ったろ?それにだ、またここから出てベッドに行ったら、千輝はあーだこーだされて、明日は足腰立たないぞ?」 「えっ?うそ…」 「今日は許さないんだろ?何されるのかなって…期待しちゃうな俺。だから家事なんて俺がやるからいいよ。つうか出来ないだろ?足腰立たないんだから」 足腰が立たないと二回も言い、十和田のニヤニヤは止まらない。完全にやる気満々だ。今日はこれ以上出来そうにないと千輝は思っている。無駄に煽るんじゃなかったと反省する。 「それよりさ、もう一つデカいベッド買おうと思ってんだよな。ベッドルームをもう一つ別に作ってさ。俺たちさ…愛を語り合うと激しいだろ?ドロドロのシーツを交換するのも大変だし…ひとつがドロドロになっても、ベッドがもうひとつあればそっちの場所で寝れるし。なあ?いいよな?」 千輝の頬にキスをしたり、おでこにキスをしたりと大忙しの十和田の機嫌は、すこぶる良好である。浴槽の中だとゆっくり出来て気持ちがいいと、今の十和田にはわかってもらえそうだった。 「…えっ買わなくていいですよ。二つもベッドなんて必要ないです。もし二つベッドがあったら、喧嘩した時は別々のベッドルームで寝ることになるんですよ」 「それはダメだ。却下。喧嘩したとしても同じ所で寝なくてはならない」 「なんですか。その、寝なくてはならないって」 作家だとは思えない言葉遣いで笑ってしまう。本人は必死なのでわかっていないようだ。それが余計に面白い。 「いや、絶対ダメだ。寝るのは同じベッド。喧嘩なんて目に見えてる。俺が怒らせるに決まってる。また知らんうちに何かやってしまうパターンだろう。なぁ…千輝。浮気はしないだろ?それと、他の奴と見合いもしない。千輝にプロポーズしたからそりゃ当然だ。それと、車にもバイクにも他の奴を乗せない。後は…何したら俺は怒られるんだ?教えてくれ」 ご機嫌で頬にキスをしていたのに、今は動きが固まってしまっている。千輝が怒るのは何かと考えているらしい。少しかわいそうになってしまう。 無自覚、無神経な行動が千輝を悲しませた。その結局、急に目の前から千輝が去っていった事を思い出すと、トラウマになるとブツブツ独り言を言っている。 本人は、悲しませるようなことをしたつもりはないから余計に自分の行動が不安なようである。かわいそうだが、大きな男が固まっている姿はかわいらしくも感じる。 「もう何もありませんよ、大丈夫です。指輪だって貰ったし。お互いの指紋も刻んだでしょ?誓い合ったんだから」 「千輝、愛してる。俺は千輝だけを愛してるんだ。それだけはわかってる。だから君を大切にしたい」 出会いは偶然だったけど、好きになり愛していく過程はひとつずつ確実に進んでいた。季節が変わるように気持ちも深まっていった。十和田が言う、『じわじわ』と二人の時間が進むのがわかる。 そしてこれからは二人で歩んでいく。 ゆっくりだったり、たまに駆け足だったり。手を繋いだり、抱きしめ合ったり。十和田と過ごす毎日が忙しく楽しい。 「大誠さん、愛してます」 ぎゅっと千輝から抱きつき、ちゃぽんと湯が揺れた。好きだと思うといつも胸がキュッとしてしまう。中々それは無くならない。 「それにな、さっきのことだけど、家の中のこと誰がやるとかそんなの気にするな。俺はいつも千輝に支えてもらってるんだぞ。だから少しは俺も君を支えさせてくれ」 千輝を抱きしめて真剣に言う。ダメだなと落ち込んでいたのがわかっていたのだろうか。いつも十和田は先回りして支えてくれている。それに言葉も態度も真っ直ぐだ。だからカッコいいと思っている。大人な男の真っ直ぐな姿勢は魅力的であてられてしまう。 「大誠さん…」 思ったより甘えた声で呼んでしまった。 ん?っと言う十和田は相変わらず嬉しそうに笑い、千輝の腰を掴んでいた。十和田の下半身もまた準備万端になっている。 結局、シャワーでも浴槽でも最終的には同じ結果になってしまうと、この後千輝は学ぶことになった。

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