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第39話

蝋梅というタイトルで小説が発売され、ヒット作品となった。 十和田が恋愛部分を、加賀はトリック部分を書いたことも大きく知れ渡り、話題性を生んだ結果、爆発的に人気となったようだ。 人気になったおかげで、テレビや雑誌などのインタビューの予定がひっきりなしに十和田の所に入っていた。 先週までは、東京へ頻繁に行き取材に応じていたが、今日明日はそれも無く、十和田は久々の休みになっている。 今日は簾もカフェは休みなので、一緒にツーリングに行けると十和田は嬉しそうに話していた。久しぶりにバイクも磨いて準備万端で出かけて行った。 カフェの営業が終了して、千輝と暁斗で片付けていると暁斗から質問攻撃が始まった。最近、このやりとりが多くあるような気がしている。 「ね、ね、千輝さん。キスって唇にする?頬とか…口の端にすることもある?」 「えっ?暁斗くん、この前はバッグハグについて何か言ってたじゃない。なに?今日はキス?」 暁斗は誰もいなくなると、待ってましたとばかりにこの手の質問をしてくる。バッグハグは何で安心するのかと、この前聞かれたばかりだった。 「うん…教えて欲しくて。ね、ね、口の端っていうか、唇の端だよ?端と端が触れてもキスっていうの?」 「え…わかんないよ。僕だってそんなに経験豊富じゃないんだし。自分がキスだと思ったらキスなんじゃないの?あっ、簾くんに聞けば?冷静に教えてくれそうじゃない?」 「ダメダメ!簾には絶対に知られたくない。だから千輝さんにしか聞けないんだって」 そんなこと言われても、千輝も何と答えたらいいのか困ってしまう。 「じゃあさ、大誠さんと初めてキスした時はどんな感じ?偶然?ノリみたいな感じ?それともそんな雰囲気があってしたの?」 「えーっ…わかんないよ」 「もう!教えてよ。俺だってわかんないんだって…キスってなんなの?もう…」 千輝に聞かれても、二人で話していても解決には繋がらない。質問攻めしている暁斗と、しどろもどろ答えに困る千輝だから仕方がないのかもしれない。二人共、経験不足から答えは出ない。 それに、十和田との初めてのキスなんて、暗闇の布団の中でしたことだ。偶然だったのかもと思うし、きっとノリでもあっただろう。雰囲気と言われればそうかもと思ってしまう。千輝本人はドキドキしたけど、最初のキッカケとなる答えは、十和田に聞かなければわからない。 「なんでそんなに悩んでるの?えっ?彼女出来たとか?」 「違う違う!そんなじゃなくて。あっ!ほら、帰ってきちゃった。千輝さん、この話は簾と大誠さんには内緒ね」 ツーリングの帰りだろう。十和田と簾が店の前にバイクを停めている姿が見えた。 店のドアが開いて長身の男が二人で入ってきた。どこまで行ったのか知らないが、この二人でいたら目立っただろうなと千輝は思いながら見つめる。 「佐々木がこれ千輝に渡してくれってさ」 入ってきて早々に十和田から手渡された物は、ラディッシュのピクルスだった。この前、ピクルス食べてみたいと伝えていたのを思い出した。 「わぁ、食べてみたかったんだ佐々木さんのピクルス。ありがとうございます。あれ?今日は佐々木さんもツーリングで一緒でした?」 「そうなんです。久しぶりに今日は大勢参加でした。大誠さんも最近は忙しそうだったし」 簾がそう言いながら、暁斗に何か手渡している。暁斗の喜び具合からみて食べ物だろう。 バイクでのツーリングは近所の人達と頻繁に行っている。簾も一緒に行けて楽しそうだと暁斗も言っていた。しかし、十和田の交流関係は出版業界から農家までと、幅が広く改めて驚かされる。 男同士でいると頼もしく、頼り甲斐があるのか、十和田の周りには沢山の人が寄ってくるように感じる。本人は飄々としているも、人の懐に入るのが上手いと思う。 「腹減った」という二人にランチの残りとまかない料理を出した。お腹が空いていたようで二人共よく食べている。その横で暁斗が十和田に話しかけていた。 「大誠さん、新刊読んだよ。加賀鈴之典(かがすずのすけ)との合作なんてびっくり。今回のトリックって加賀さんが書いたんでしょ?」 話は十和田の新しい本についてだった。やはり話題作だけあって暁斗も興味津々だ。 「ありがとな、読んでくれたのか。今回俺たちは別々のジャンル部分を書いたんだけど、まぁ最終的にはお互いで手直しして、俺のところは加賀に手伝ってもらったよ」 「一番の鍵はさ、指輪じゃん。トリックの鍵になった指輪ってさ、大誠さんの案でしょ?指紋入ってるのなんて大誠さんと千輝さんの指輪だもん」 暁斗と簾は、実際指輪を見ており、内側の指紋も知っている。だから余計、暁斗は興味があるようで質問が止まらない。 「まぁな、最後の最後に書き直したがあって、東京に行ってホテルで打ち合わせした時に指輪を思い出してさ。それで、そのまま指輪と指紋を使うことを考えたんだ」 小説では、指輪の内側に刻んである指紋が事件解決への鍵となっていた。多くの読者はそこに興味を持ち、インタビューでもやたらと質問があったと十和田は言っていた。 それに、一部書き直しがあり、急遽東京に呼ばれて行った時にトリックの鍵を考えたと十和田は言っている。 あの時、東京から帰って来れなくなり駄々をこねていたが、本人の意識は別のところで色々と考えていたんだなと今だからわかる。 人と話をしたり、誰が犯人か当てろという遊びをしたりするのは、小説のキッカケを掴んだりするためだと千輝は思っている。 だけど、今回の小説は、主人公に十和田自身の脆い気持ちを吐き出させているようにも感じた。 見た目とは違う、繊細な十和田をどれだけの人が知っているのだろうか。 近くにいて、そんな十和田を受け止めてあげれてよかったと、改めて思う。 早朝のソファの上で、小説を読み終えた時、十和田がリビングまで迎えに来たのを思い出した。 朝早く少し寒いリビングで、読み終えるのをきっと、後ろから見つめ待っていてくれたはずだ。本人は無意識に千輝を優しく扱い、いつも一番に考えてくれている。 「えっ?千輝さん?」 簾に声をかけられて、へ?っと間抜けな声を出したら自分が泣いていることに気がついた。 十和田の行動や、誓い合ったこと、それと本の内容など考えていたら勝手に涙が出ていたようだ。ガタッと椅子から立ち上がる音が聞こえた。 「千輝!どうした?また、俺が何かやったか?不安か?」 違う!と言っても千輝をぎゅっと抱きしめている腕は緩めてくれない。 「ちょっと、大誠さん…違う違う。本の内容を思い出しただけだから。なんか感動しちゃって」 あははと笑いながら、ぐいぐいと押し出しやっと腕から抜け出せた。簾と暁斗は二人のやり取りをじっと見ているので、恥ずかしい。自然に涙を流すのなんて初めてだ。 「本当に仲がいいですよね」 ポロッと簾が独り言のように呟く。暁斗は心配そうな顔で千輝を見ている。 「俺は千輝を不安にさせないって誓ったんだ」 「そんなにいつも一緒にいるのに、千輝さん不安になる?」 暁斗がまだ心配そうな顔で、真剣に十和田に聞いている。 「どうかな…俺の行動が無神経だから不安にさせちゃうかもな。だけど、何が無神経なのかがわからん。なのでいつも千輝が不安にならないように、確認はしてる」 胸を張って言ってる十和田が可笑しくて、簾と千輝は顔を見合わせて笑ってしまうが、暁斗だけまだ真剣な顔をしている。 「確認の方法は、何?大誠さんは、どうしてるの?」 暁斗が続けて質問をしている。最近、暁斗から恋愛っぽい質問をよくされる。何か悩みがあるのかもと千輝は心配になった。 恋愛関係は、簾にしろ、暁斗にしろ、この年代の悩みではあるから仕方がないが、二人のことになると心配になる。 「千輝に確認する方法か?うーん…抱きしめたり、手を握ったりキスしたりとか…スキンシップだな。身体があったかくなると気持ちって落ち着くだろ?で、不安になってないかなって、千輝のことを見ている」 十和田の言ってる内容は恥ずかしいが、真剣に聞いている暁斗の手前、千輝は口を挟むことは出来なかった。 「スキンシップをとって、不安にさせないか…」 暁斗は何か考えるように呟き、チラッと千輝と簾を見上げていた。十和田はまだ暁斗に話しかけている。 「暁斗、スキンシップは二人ですることだぞ?手を握る、抱き合う、一方的に抱きしめるとかな。わかるか?全部ひとりでは出来ないことだ。二人じゃないと出来ない」 簾が「暁斗?」と声をかけても考え込んでいる。何かあるんだろうかと千輝は暁斗を見ていたが、簾は何だか嬉しそうな顔をして暁斗を見ていた。 スキンシップはひとりでは出来ない。誰かと一緒にすることだ。確かに毎日毎日、十和田は千輝にスキンシップを取ってくる。抱きしめたり、手を繋いだり。 あれは千輝を不安にさせないようにしていたのか。色々考えてるんだなと思う。だから、千輝も十和田が不安にならないようにしてあげなくちゃと思うようになる。 それに、抱き合うだけでホッとするのは、千輝だけじゃなく、十和田も同じだと知る。 そういえば二人になってから、ひとりの時はどうだったのか思い出せない。頭の中は、都合のいいように書き換えられているらしい。 人前で知らないうちに涙を流してしまったなんて、恥ずかしかったが、人と付き合っていくと、今まで知らなかった気持ちに気付かされることがある。 十和田と毎日過ごしていると、教えてくれることがたくさんある。スキンシップなんて、二人ですることだって、当たり前だけど言われないとわざわざ考えたりすることもない。 平凡な毎日が、今は楽しく忙しい毎日に変わった。色んな気持ちが自分の中に蓄積していくことが、楽しいと千輝は考えている。

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