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第40話
「だから、日帰りならいい。帰って来れない取材は受けない」
ソファに深く座り、腕を組み十和田はそう渋って言う。
小説がヒットしたので『蝋梅』を映画化することが決定したらしい。
これから撮影されるそうだが、原作者として取材のオファーがかなりたくさんきている。
今回は、出版社と映画会社総出で十和田と加賀をフォローする形を取り、効率的に取材が出来るように配慮してくれていた。
十和田は、泊まりはしないと条件を付けて渋々承諾したが、加賀はメディアには一切出ないと言いコメントだけ出すことにしていると聞く。
加賀には、メディアに出ない何らかの理由があるのだろうと、話を聞いていてわかっていた。そして、十和田が加賀の分もメディアに出る承諾をしている。
今日は出版社の太田が十和田の家に来て、取材の打ち合わせをしていた。案の定、泊まりでは嫌だと言い揉めている。
「加賀の分も取材を受けるのはいい、だが家を空けるのはダメだ」
「さっきもお伝えしましたけど、一日だけどうしても泊まりになってしまいます。夜に大きな映画制作のパーティーがあるので、それには出てもらいたいんです」
太田も出版社で言われて来たのだろう。必死で十和田を説得しているが、ガンとして十和田は断り続けている。
「千輝さん!お願いします。一緒に来てくれませんか?もちろん全部こちらでセッティングします。宿泊するホテルから全部」
「えっ?僕ですか?」
急に太田が千輝に向き直りお願いしてきた。十和田の秘書という位置付けで、取材からパーティーまで、十和田と一緒に参加して欲しいと太田は言っている。
「あ?千輝も一緒?それなら行く」
十和田は急に聞き分けが良くなり、一泊で行く方向になっている。あんなに「家は空けられない」と言っていたくせに。
日程は来月なので、カフェのシフトは調整出来るか?など率先して十和田が千輝に聞き、挙げ句の果てには、そろそろ新しい車を買って、東京まで自分で運転して行こうかとまで言い出した。
「千輝さん、お願い!お願いします。先生の面倒を見て欲しい」
太田にも頼まれてしまったが、千輝は困惑している。カフェのシフトは調整出来ると思う。だが、千輝の一番心配なことは、わかりやすい態度の十和田だった。
十和田が千輝を露骨に構うことがきっかけで、周りから何か言われないか、変な噂は立たないかと気にしてしまう。作家であり、メディアに出る人だからこそ、波風立てずに過ごして欲しいと思っている。
千輝が渋い顔をしているため、何が不安なのかと太田に聞かれた。
「指輪も付けてますし…大誠さんに噂とか立ったらいけなんじゃないかと思いまして…表に出ない方がいいかと」
言葉を濁すような感じになったが、それとなく二人の関係を世間に知られてはいけないのではと、太田に伝えた。
「なんだ!千輝さん、それは大丈夫ですよ。あーよかった。お店の調整ができるかなって心配だったんですよ。お二人の関係のことであれば、問題ないです」
縋るような顔をしていた太田が千輝の言葉で明るくなり、ホッと胸を撫で下ろしている。
「えっ?大誠さんの名前に傷が付くとかありませんか?パートナーが男ってわかったら何かと大変なんじゃ…」
「なんで傷が付くんだよ。俺が相手だからか?」
途中で十和田が口を挟むが、明後日の方向からの質問なので一旦無視をする。困ったまま太田を見ていると、言いづらそうに話
をしてくれた。
「実は…千輝さん、怒らないでくださいね。えっと…先生と千輝さんのことは、関係者はみんな知ってます」
チラチラと十和田を見ながら太田は話を続けた。十和田は動かず、遠くを見ている。
今回の小説は何も書けない状態が続き、ホテルに連れて行かれて書き上げたものだ。
その時ちょうど千輝にプロポーズした時期と重なり、どうしても家に帰りたい理由を十和田は訴え、状況説明をしたらしい。
それを聞き関係者全員、ああラブラブ状態なんだなと察したという。そこで太田が千輝と連絡を取り、何とか小説を書き上げたという経緯があった。
更に小説が発売されてから取材のために東京に行っていた十和田だが、その時に身に付けている『指輪』のことをよく聞かれていたという。今回、小説の鍵になっているものだから余計に聞かれるらしい。
取材陣へも同じように千輝との関係を隠さず十和田は話していたという。
「先生の私生活って謎なんですけど、それが少しだけ知れて世間は嬉しいんです。特に女性からは、あんな男を調教できるのはどんな人なのかと、興味津々らしくて。で、インタビューでも私生活の話になっちゃうんですよ。それが雑誌の記事になると多少売れ行きも違うらしくて。それに、その話になると先生は機嫌良くなるから…喜んでペラペラと…まぁ喋ってくれるっていうか…」
ペラペラと喋っている?と、千輝は十和田に向かって言うが、ん?と言いそっぽ向いている。多分、バツが悪いんだと思う。
「大誠さん、みんなびっくりしちゃうでしょう?」
「そんなことはない。それに、人が周りにいる時は、電話でもなるべく愛してるって、大きな声で言わないように気をつけていた。だが、インタビューで聞かれたことには答えている。嘘ではないからな」
まだそっぽ向いていて、そのまま答えている。言ってることは何ひとつ間違っていないし、千輝の言うことも守っている。だが、ちょっと想像していたのと違う。
「まあまあ、ね、だから千輝さん、大丈夫なんです。みんな知ってますから。男性がパートナーだからって誰も何も言いませんよ。十和田大誠ですよ?スケールが違います。取材もスムーズに進みますし、出版社総出で応援してますし」
「はあ…そうですか…」
太田の勢いに押され、また「千輝さんがいてくれたら先生は機嫌悪くならないですよ」と言うので一緒に行くことを承諾した。上手くやられた感じもする。
じゃあ、詳細連絡しますねと言い、太田はウキウキと帰って行った。
太田を見送った後、十和田は千輝の後ろをウロウロとしていた。様子を伺っているのがわかる。そこを捕まえて抱きついてやった。
「こら、大誠さん。全部教えてください。何だかわからないことだらけです。何となく皆さんに僕たちの関係を言ってるんですね?そんなの知らなかったですよ?」
ん?っと言いながら笑っている。千輝が怒っていないとわかったからだろう。
十和田は『俺にはパートナーがいる。相手は男で同性だ』と多くの人に伝えているようだ。
噂やゴシップが先行し、突然、千輝が雑誌記者に囲まれたり、千輝のカフェに迷惑がかからないように、先手を打っている。
『だからなんだ?勝手に俺のパートナーに取材するなよ?』と圧力をかけ、そんな輩から千輝を守っていると思われる。
千輝の知らないところで十和田が動き、不安にさせないようにしていると、太田からの言葉でよくわかった。
たとえ誰かに絡まれたって、千輝だって動じないし、十和田を守る覚悟はある。不安になんてならない。
それなのに、十和田は千輝のことばかり考えて行動している。
「まだ自覚無しで優しいことばっかりしてるんだから」と言い、千輝は十和田の鼻をキュッと摘んだ。突然、鼻を摘まれても十和田は嬉しそうに笑っていた。
だが、それにしては色々なところで、色々と喋っているようなので、詳細を聞かなくてはとも思っている。
「とりあえず、スーツを買いに行かなくちゃ。大誠さんも新しいスーツ作りますか?」
「よし、今から行こう!スーツ作りに行こう!バイクで行くか?」
「そうですね、久しぶりにバイク乗りたいな」
屈んで抱きしめてくるから頬にキスをしてあげた。結局、本人が嬉しそうにしてるからまあいいかと、すぐに許してしまう。
「でもそろそろバイクは寒いよな。俺ひとりならいいけど、千輝が風邪ひくとなぁ…だからさ、車かなぁって…車買おうかなってさ…」
「車?必要あります?バイクがあるじゃないですか」
チラッと見た十和田は、欲しいのに言い出せないと顔に書いてあった。千輝の答えを聞き「え…」と言葉を詰まらせている。
きっとさっき「買おうかな」と言った時、言い出すタイミングを見計らっていたのだろう。
どうやらタイミングを潰してしまったなと、千輝はクスッと笑った。
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