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第42話

東京に十和田の取材同行した夜、映画制作発表のパーティーが開催された。 パーティー用のスーツ姿に、また見惚れてしまう。新調したスーツは十和田の体型にぴったりで惚れ惚れするほどカッコいい。 立食パーティーだが、十和田は色々な人に引っ張りだこなので、その間千輝は自由に食事を楽しんでいた。今日は泊まりだし、アルコールも飲めると喜んでいると、そのパーティー会場で意外な人物と会った。 「千輝ちゃん」 パリッとしたスーツ姿の工藤に声をかけられた。 「えぇ!工藤さん、お久しぶりです」 刑事の工藤と会うのは久しぶりだった。カフェがオープンした時に何度か来てくれてはいたが、その後はずっと会っていなかった。確か、最後に会った時は、「やっと十和田とくっついてよかったね」と言われたのを思い出した。 「千輝ちゃん、カフェの方は順調?相変わらず十和田の世話で大変でしょ?」 「工藤さん、何でここに?事件ですか?」 思わず身体を近づけ小声で聞いた。刑事がいるなんて事件に決まっていると身構えてしまう。 「あれ、聞いてない?俺さ、刑事辞めたんだよね。今は別のところで働いてるんだ。今日はちょっと、そこの仕事絡みだけどね」 「ええっ!そうなんですか、知らなかった。刑事さん辞めたんですか…」 「うん、俺の素行の悪さがなぁ…あはは、刑事を辞めるのは時間の問題だったんだ。まあ、今の仕事も刑事の延長みたいなもんだけど」 結構豪快に笑っている。そこに十和田がズカズカと近づき工藤と千輝の間に入ってきた。 「近い…工藤、千輝との距離が近い」 「よっ!十和田。おめでとう、ベストセラーじゃん。映画化もするんだろ?よかったな」 「お前、今日なに?あっアレか?」 「ああ、うん、そう。じゃ、また連絡する。千輝ちゃん、またね」 そう言って、パーティー会場の人混みに工藤は入っていった。 「大誠さん、工藤さんがいること知ってました?刑事さん辞めたんだって?」 「ああ、うーん、今日ここに来るのは知らなかったぞ」 二人で話していると映画会社の人達に囲まれてしまい、工藤の話は聞けなくなってしまった。 「十和田先生、映画化おめでとうございます!」 みんなアルコールが入っているので陽気に話しかけてくる。千輝のことを秘書だと思っているので、気さくに声をかけてくれていた。隣で十和田は質問攻めにあっていて、そんな姿を見るのも新鮮だった。 「十和田先生、聞きましたよ!先生の指輪の内側に指紋が入ってるって!」 「ああ、うん…そう」 えーっやっぱり!と口々に言っている。既に噂になっているのだろうか。十和田は嘘をつくのが下手なので正直に答えている。 「見たい!見たい!」と言う声が多く、十和田はチラッと千輝に助けを求めていた。 「いいですよ」と口パクで言ってあげたら、指から外して内側を見せていた。 「入ってる!」 「本当に入ってる!」 と、指輪を天井からの光に照らし、皆が上を向いて指輪の小さな穴を覗いている。全員が指輪の内側をじっと見つめているので、眉間に皺を寄せている。面白い光景に千輝は笑いを堪えていた。 「先生のお相手ってどんな方なんですか?めちゃくちゃ興味あります。インタビューはいつも盛り上がるって評判です」 「そうそう、先生のプライベート知りたいですよ。噂はたくさん聞くんですよ。最近では、車を壊したとか」 車を処分したのが、壊したとなり、噂として広まっているようだ。確かに十和田ならやりそうだ。それを聞き、十和田は爆笑している。 「あっ!後、先生の財布はぬいぐるみだって噂も聞いたことあります。なんですか?ぬいぐるみが財布って。もう、意味わかんないですよ。だから先生は謎なんですよ」 犬のポーチのことだとすぐにわかる。最近、新しい財布を千輝は十和田にプレゼントした。なので、今日は新しい財布を持っている。よかった…取り替えておいてと心から千輝はホッとした。 「噂は、半分本当って感じだな」と、十和田が言うと、皆、驚き詳しく知りたいと言い出す。それを見てまた十和田は笑っている。 「ね、ね、先生!お相手の方ってどんな方なんです?」 指輪を自分の指にはめ直している十和田に、畳み掛けるように質問が相次いだが、『お相手の方』の質問に戻ってしまった。 「どんな人?うーん、難しい…」 答えに悩んでいる十和田の言葉をみんな固唾を飲んで待っている。千輝は、悩むほど特徴は出てこないよねと、十和田に同情し苦笑いをしていた。 「そうだな、俺より断然余裕のある人」 「えっ?そうなんですか?先生がリードして引っ張るイメージがありますけど」 「いやいや、俺なんて手のひらの上で転がされてるよ。余裕があって、それでいて、かわいらしい人だな」 「うっわ…惚気ますね…先生がそう言うなんて、お相手の方、策士ですか?」 「うん。俺なんか敵わないよ」 「ひっ…先生デレデレっすね」 間近で十和田からの告白を聞き、千輝は真っ赤になってしまった。近くにいた人が千輝を見て酔っているのではと、心配して水を持ってきてくれている。 その後も、質問は続いているので、千輝はずっと水を飲み続けていることになった。 「先生、インタビューで横顔を見てるだけで教えてくれるような人って言ってたじゃないですか!それってどう言う意味?」 ちょっと十和田が答えたので、みんなが口々に突っ込んで聞き始める。 「えっ?うーん、まあ、例えば一緒にいて、喋ってなくても横顔をチラッと見れば、その顔が俺に雄弁に語ってるんだよ。楽しそうにしてたり、忙しそうにしてたりしてさ。それを見て、ああそうか、そういうことかって、俺に教えてくれてる。毎日、横顔とか後ろ姿を覗き見してるから、俺は家の中でウロウロしてるよ」 「ふ、深い…作家の言うことは、よくわからない…」 「そうか?人から見られることが多いのは横顔なんだぜ。俺の恋人はそれを上手に見せるんだ。それを見るのが俺の日課」 機嫌良く大声で笑っている十和田を見つめた。よく見られていることに、嬉しくもあり恥ずかしくもある。 今日はこのまま泊まりでよかったと改めて思った。十和田の無自覚な惚気を目の前でこれでもかと見せられたので、身体も気持ちもクタクタであった。 ◇ ◇ すっかり冬も慣れてきた頃、十和田から相談を受けた。 「加賀が千輝に会ってみたいって言うんだよ。カフェまで来て会いたいって言うんだけど、どうする?」 「ええーっ!加賀(かが)鈴之典(すずのすけ)?作家のだよね?うそっ…会いたい!えっ?いいの?本当に?」 あの恋愛作家に会えると思い、興奮して答えてしまったら、十和田がブスッとしてしまった。答え方が気に入らなかったらしい。 「あはは、ごめんごめん。だけど、何で僕に会いたいって言うんでしょうか」 「俺が好きになった千輝を見たいんだと。俺が恋愛小説を書いたから、相手を知りたいって言うんだよ。でも、めんどくせぇよな」 「いいえ、大丈夫です。お会いします」 今度は興奮せず、十和田の機嫌も悪くならないようにきちんと答えたと思ったが、最初のリアクションがまだ尾を引いているらしく、十和田はふんっと不貞腐れている。 「あっ、ほら、お礼も言わないと…ね。指輪のこと、加賀さんから聞いたんでしょ?そのおかげで指輪貰えて嬉しいですよ?」 「別に、加賀にお礼を言う必要はない」 「…ですよね」 何を言っても今はダメかもしれない。 「カフェの営業終了後?ですよね。夜になりますけど、大丈夫でしょうか」 「平気だろ。車で来るみたいだし。簾と暁斗も一緒でいいだろ」 「ええっ!暁斗くんにも言っていいの?喜ぶと思うんですよ。暁斗くんファンだから。あっ…」 また言い方を間違えてしまったようだ。プイッとそっぽを向いている。千輝もすぐに興奮してしまうので、反省している。 でも、売れっ子作家に会えるなんて、嬉しくてテンション上がってしまうのは仕方がないのに、十和田はわかってくれないらしい。 当日は暁斗と興奮しないように、気をつけて対応しなくてはと今から対策を考える。 ◇ ◇ 翌日、カフェで暁斗と簾に加賀が来ることを伝えた。営業終了後に来るから、その日は二人だけ残って欲しいとお願いした。 「マジで!嬉しい!顔出ししない作家さんだからさ、どんな人かと思ってたんだ。えーっ、ヤバ。楽しみだよ」 「暁斗くん!わかる!だよね、どんな人だろう。大誠さんと同じ感じかな?あの作品だとそうかなとも思うんだよね。もう!楽しみ過ぎる」 「俺はもっとチャラい感じだと思う。大誠さんは硬派だけど、加賀(かが)鈴之典(すずのすけ)はきっとチャラいよ。だけどさ、イケメンなはず。恋愛は、百戦錬磨って感じだもん。うわぁ、本当に楽しみになってきた。いつ来るんだろうね」 千輝と暁斗の二人でキャッキャと興奮して話をしている横で、簾が冷ややかな目で二人を見ていた。 「簾くん、大誠さんに言わないでね。昨日、これですっごい不機嫌になって大変だったんだから」 「…でしょうね。そんな感じで話したら大誠さん機嫌悪くなるのわかります」 簾にため息をつかれてしまった。 「暁斗くん、当日は興奮しないように気をつけよう。それと大誠さんの前でこの話は禁止ね」 「わかりました!もちろんです」 二人共ワクワクしているので、浮ついた態度が滲み出てしまっている。十和田の前だけでも冷静になるようにと、簾に釘を刺される。 『はーい』と千輝と暁斗は言いながら、カフェで提供する食べ物と飲み物を考えた。 あんなに素敵な恋愛小説を書く人だから、きっとオシャレな食べ物の方がいいはずだと千輝は簾に相談するも、そんなに乗り気じゃない簾は上の空で「はぁ…」と返事をしている。しつこく聞くとやっと答えてくれた。 「ここのカフェのおすすめはクラムチャウダーなんですから、クラムチャウダーがいいですよ」 掃除をしながら目も合わさずに簾が答えている。 「えーっ、そう?じゃあそうしよっかな。いいかな、恋愛小説家にそれで…」 「いいよいいよ、千輝さん。だって、クラムチャウダー美味しいし、うちのはオシャレだよ?じゃあえっと、俺はカフェアート頑張るね。何描こうかな…やっぱハートかな。だよね?恋愛小説家だし…うぅ緊張する」 何を話してもやっぱり千輝と暁斗は恋愛小説家を迎え入れると思うと、浮かれてウキウキしてしまう。浮ついてると簾に言われても仕方がないほどだ。そこに十和田のお迎えが重なった。 「あっ!千輝さん。大誠さんが来た」 暁斗の一声で千輝と暁斗はピシッとした。 今まで浮かれていた空気を消すよう、何事もなかったように振る舞う。その二人の姿を簾は冷めた目で見ていた。 よう!と十和田が入ってくる。手には何か持っていた。 「千輝、アイスワイン買ってきたぞ。ほら、暁斗にも1本またやるよ」 昨日、不機嫌にさせたから今日はアイスワインを飲ませる気だなと、千輝はすぐに理解した。 明日は出勤だが、十和田には通用しないだろう。 「簾くん、明日はホールよろしくね…」 「はい?」 千輝は、覚悟を決めて家に帰ろう思った。

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