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狼と兎の優しい気持ち④

 病院にはΩ専用の診療科があって、もちろんそこには妊娠した男性のΩもいる。  カップルで幸せそうな人もいれば、訳ありそうな人もいる。  俺は多分、凄く幸せそうに見えると思う。だって待ち合い室で順番を待つ俺の隣には、満面の笑顔で鼻歌を歌う寛太がいるから。  病院の廊下を歩く姿なんて、地面に足がついてない気がした。  寛太(かんた)は本当に子供が大好きだから、自分自身の子供となれば、嬉しくて仕方ないんだろう。  さっきまで抱えていた不安が、本当に取り越し苦労だったって、どっと疲れてしまった。 「吉沢航(よしざわわたる)さん」  名前を呼ばれ診察室に入りド肝を抜かれる。  何の心の準備もしないまま内診台に座らされ、女医さんの前で股を開かされた。いくらおばあちゃん先生と言えど恥ずかしくて、顔を覆った。  超音波でお腹の中を見てみたら、小さな黒い豆粒が元気に動き回っている。その中心にはバクバク動くものも見えた。 「ほら、これが赤ちゃんで心臓も元気に動いてる。順調ですね」  おばあちゃん先生の優しい声を聞いた瞬間、 「ヨッシャアーーーーー!!!!」  突然、寛太が歓声を上げた。 「ちょ、寛太、ここ病院……」  慌てて声をかけるけど、駄目だ全然聞こえてない。  胸の前でガッツポーズを作り、喜びを噛み締めている。  冷や汗をかく俺の肩をそっと叩いて、 「可愛いパパね」  っておばあちゃん先生に笑われた。  そんな寛太を見て、メチャクチャ恥ずかしかったけど、幸せだなって思った。  家に帰れば、俺を心配した莉久(りく)真広(まひろ)、それに玲央(れお)が集合していた。その変わらない友情に、何だか感動してしまう。  なんてことのない日常なのに、さっきまでと違うことは俺達は親になった。そう考えると何だか不思議だった。  何を思ったか、寛太が突然みんなに向かって大声をあげた。 「聞いてくれ!!俺、パパになったーーー!!」  突然の告白に、俺が目を見開いていると、 「マジでーーーー!?」  みんながビックリして俺以上に目を見開いた。 「マジだ!!航の腹の中に、俺達の赤ちゃんがいる!!」  もうすでに興奮し過ぎて我を見失ってるようにも見えた。でも、凄く嬉しそう……。 「ちょっと航、そんなとこ立ってないで座んなよ!」  真広に手を引かれ、ソファーに座らされる。 「体冷やすと良くないから、ほらこれ掛かって」  玲央が俺にブランケットを掛けてくれた。  突然の、あまりにも手厚い対応に戸惑ってしまう。 「なんやかんやで、やることやってたんだな」  真広と玲央の言葉にその場が爆笑で包まれる。  ふと莉久がそっと俺に近づいてきて、俺の隣に座り込んだ。 「航、良かったな。寛太に幸せにしてもらえ」  その顔が何となく寂しそうだったけど、すぐにいつもの莉久みたいに笑った。  俺の頭をグシャグシャって乱暴に撫でると、寛太と真広達の掛け合いを見て爆笑している。  いつの間にか、『豆太郎(まめたろう)』と名付けられたお腹の子は、これから先ずっとみんなに大切にされ、待ち焦がれて育って行くことになる。  まだまだペッタンコのお腹をさすりながら、不思議になる。  本当にここに赤ちゃんがいるのかな……。  ふと込み上げてくる吐き気にトイレに駆け込む。やっぱりこれ、悪阻(つわり)だったんだって今になって納得する。  食べ過ぎや食あたりと違って、吐いても吐いても全然スッキリしない。  辛くて自然と涙が出てくる。 「大丈夫か?」  ふと背中を撫でてくれる温かい手。 「俺がずっと傍にいるから大丈夫だよ」  優しく笑ってくれる。  昔と全然変わらない笑顔。  大好きだって思う。  そのまま優しく抱き締められる。  いつもみたいにギュッていう感じじゃなくて、フワリと優しく優しく抱き締めてくれた。  俺の体を気遣ってくれてるのがよくわかる。 「航……ありがとう。ありがとう……」  最後は涙声になって震えていた。 「寛太……俺ね、凄く幸せだ」  抱き締め返せば、照れ臭そうに鼻をすする。  こんな幸せなΩは、きっと世界中探してもきっとどこにもいないよ。

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