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03※

 四軍に落とされたときからある程度は覚悟していたので切り替えることはできたが、だからといってなにもなかったように振る舞えるほど強靭なメンタルもしていない。  部屋にはご丁寧にシャワールームまであり、俺は念入りに体を洗った。着替えなんて気の利いたものなかったので、ぐちゃぐちゃに脱ぎ捨てられたシャツと汚れた下着を再び身につけ、部屋を出ることになる。  通路を歩いている間もまだ股の間に八雲のものが挟まってるようで嫌だった。  最悪なことに、ラウンジには数人の生徒が集まっていた。閉じられた空間で、周りに人がいようが当たり前のようにキスをしたり体を触り合ってる男子生徒たちの図は今の俺にとってはあまりにもグロテスクな光景で。  ――ここ、通って出なきゃいけねえのかよ。  最悪だ、と口の中で舌打ちした。せめて連中が乳繰り合っている間、目立たないように部屋の壁際を通って抜けるか。  薄暗く、どこからともなく喘ぎ声のようなものが聞こえてくる部屋の中、誰とも目を合わせないように早歩きで通り抜けようとしたときだった。  いきなり目の前に立ち塞がる壁――もとい人影にどんとぶつかってしまう。 「っ、わり……」  そう慌てて謝ろうとしたときだった。そのまま体を抱き留められ、ぎょっとする。 「な、に……」  慌てて離れようとすれば、目の前に立ち塞がるのは一人だけではないことに気付いた。数人の生徒に囲まれてる。しかも一軍のやつらばっかだ。 「へえ、こいつが八雲様の?」 「随分と長いこと部屋貸し切ってたよな」 「八雲様、こういうパッとしねえやつも好きなんだ。いっつも美人系ばっかなのにな」  ――面倒なのに絡まれた。  しかもこんなタイミングで。  先程の名残も熱も色濃く残った状態で絡まれるのは最悪だった。相手をする気にもなれなくて、そのまた無視して踵を返そうとすればいつの間にか背後にも男がいたらしい。「おっと」と受け止めるフリして胸を揉まれ、ぎょっとする。 「……っ、な、んんッ!」  なにするんだ、と声をあげるよりも先にまた別のところから伸びてきた手に口元を塞がれる。  これは本当にまずい、かもしれない。  バタつく足を掴まれ、逆にそのまま持ち上げられたまま下半身を弄られれば血の気が引いていく。撫でるように、カリカリと布越しに性器を指先で柔らかく引っ掻かれれば全身が震えた。 「ふ、ぅ゛……ッ!!」  そのまま数人に囲まれたまま、ラウンジの片隅、丁度人目につかない物陰に引き込まれる。  シャツの上から乳首を引っ張る者もいれば下着の中に手を入れるものもいる。複数の男に囲まれるのは恐怖どころではない。  蹴って逃げようとする足首を捉えられたまま、床の上に押し倒された。そのまま靴や靴下までも脱がされ、足の裏を撫でられ声が漏れそうになった。 「ふ、……っ、ぅ……ッ」  叫んて助けを呼べばこの状況は好転したのか。  乱交に耽る脳味噌精子詰めの生徒しかいないこの空間、複数人プレイだと思われるだけだ。  おまけに、四軍が輪姦されかけてるだけだと知られればなおさら。 「――ぅ、ふ……ッ」  ――……一番ケ瀬。  ここにはいない親友の顔を思い浮かべながら、俺は口の中に入ってくる指に思いっきり歯を立てた。その隙きにでも叫んで逃げようと思ったが、この人数差では勝ち目はない。 「……っ、この……!」 「っ、ふ、ぅ……ッ!」  俺が噛み付いたその生徒は顔を真っ赤にして俺の頬を殴った。痛みの方がまだましなのだからおかしな話だ。 「おい、暴れるぞ。さっさと縛れ」 「派手に動けないように服も脱がして全裸にしようぜ」 「その靴下、口ん中詰めておけ」  頭上で交わされる声が断片的に落ちてくるのをどこか俯瞰的に聞き流しながら、俺は乱暴にシャツを脱がしていく手を眺めていた。  せめて、さっさと済ませてくれ。  そんな半ば自暴自棄になりながら、俺は奥歯を噛み締めた。  声を出すこともできず、抵抗しようとすれば殴られ、八方塞がりの状態で連中に従った方がさっさと終わる――そんな風に考えてしまうようになってしまった。 「っ、ふ、ぅ、……ッ、ぅ゛ぐ……ッ」  気分は最悪だ。踏んだり蹴ったりとはまさにこのことだろう。本日何本目かもわからない男の性器の感触にただ吐き気がした。  八雲に散々犯されたせいで炎症を起こし、腫れ上がった肉壁を更に上書きするようにぐちゃぐちゃに掻き回される。  更に最悪なのは襲ってくる奴らが下手なのか、八雲相手ほどの快感が得られなかったためにただ不快感が増すという地獄のような時間だった。  勝手に腰を振って気持ちよくなってんのか、中に出される精液に最悪だと口の中で呟く。疲弊しきった中、代わる代わるその場にいた連中に輪姦される。ついでと言わんばかりに口の中の猿轡代わりの靴下を抜かれ、代わりに性器をしゃぶらされた。  思いっきり噛み切ってしまいたい気持ちを堪えながら、俺は従った。連中が飽きるまで、穏便に済ませるために疲弊しきった体と頭で俺は思考を放棄したのだった。  ◆ ◆ ◆  どうやら、俺は気を失っていたらしい。 「っ、と、十鳥君……っ! 十鳥君、しっかりして……っ!」  頭の上から聞こえてくる震えた声とともに体を小さく揺すられる。聞き覚えのある声に思わず飛び上がれば、目の前には二通がいた。 「ふ、たごおり」 「……っ、よかった。気を失ってたんだよ、十鳥君……それに、その格好……っ」  二通の視線が俺の体に向けられ、つられて視線を下げた俺はそこで自分が服を身に着けていないことに気付いた。  辺りを見渡せば先程、襲われたままの体勢でどうやら気を失ってたらしい。体の近くに俺のらしき脱ぎ散らかされたままの制服が落ちていた。  集団でレイプするような連中に倫理観など求めていないが、せめて気絶した人間に服を着せるという配慮くらいはしてくれたらどうなんだ。  幸い、二通以外のやつらの姿はない。なんで二通がいるのかとか、色々聞きたいことはあったがいつまでもこの格好のままでいるわけにもいかない。  俺は節々の痛みを堪えながらも下着を拾う。誰かが悪戯に射精したらしい。明らかに他人の精液で汚れたそれを見て「クソ」と舌打ちが漏れた。 「十鳥君、……っ、着替えなら、ぉ、俺……場所知ってるよ……っ!」  そんなとき、二通は慌てて俺に声を掛けてくる。 「二通……そもそも、なんでお前が……」 「あ、えと……その、俺、いつもあのクソ一軍のやつらにここの後片付けとか任されてて……そしたらき、君が倒れてたからびっくりしちゃったんだけど……あっ、その、服、着替えとかあいつら無駄に準備だけはいいからたくさんあるんだ。ほら、汚す奴ら多いし、だから少し待っててね」  そう目のやり場に困ったように酷く視線を泳がせながらも二通は俺にバスタオルだけ渡してくる。そしてそれを受け取れば、俺の返事を聞く前にさっさとラウンジの奥へと行くのだ。  前回のことがあるだけに二通に対してよくない印象があったが、こうして助けてくれるとは思ってもいなかっただけになんだか奇妙な気分だった。  取り敢えず腕を伸ばし、シャツとスラックスを回収した俺はそのまま二通から押し付けられたタオルで下半身を覆ったまま座り込んでいた。  あまり自分の体は見れたものではない。乱雑な愛撫をされた乳首はまだ痛いし、哀れなほど腫れてる。ケツの中など酷いことになってるだろう。少し力を入れれば押し出され、どろりと濡れる下腹部に溜息も漏れた。  暫くもしないうちに二通は戻ってくる。  小走りで、その腕にたくさんのコスチューム衣装と露骨な下着を抱えて。 「十鳥君、これ……っ!」 「……一応聞いておくが、本当にこれしかなかったのか?」  思わず声も低くなる。  下着の意味すら為していないケツに穴が空いた布切れを手に二通に問い詰めれば、二通はこくこくこくと震えるように頷いた。 「……まあ、いいか」  見たところ新品のようだし、上からスラックスを履けば隠れるだろう。流石に穴開きはやめたが、代わりに子供用の下着みたいなメンズサイズのそれをひったくった。俺の趣味ではない、布面積が広いのを選んだだけだ。  それを見た二通が「き、着替えるの、手伝おうか……?」などと言ってきたが丁重に断った。  それにしても、少し意外だった。 「……お前、今日は何もしてこないんだな」 「へ?」 「前は、あんなことしたくせに」  興味本位だった。別に深い意味はなかった。  真正面から二通に尋ねれば、先程まであっちこっちと忙しなく動いていた二通の目がこちらを向く。その表情は何故だが同情が含まれているように見えた。  下手なことを言った、と思った。 「と、十鳥君」 「……着替え、ありがとな」  このままここにいたらきっと、自暴自棄になってしまいそうな気がした。それだけはよくない。  二通のことも許したわけではないが、それでも今こいつに当たっても仕方ないのだ。  痺れ、熱を持った全身を動かし、そのままラウンジを出ようと足を踏み出せば体が震えた。  よろめきそうになったところを、二通は「十鳥君っ!」と慌てて支えてくれる。 「ぉ、送るよ……部屋まで」 「二通……」 「俺のこと、信じれなくてもいいから……今は無理しないで」  いつの日か、二通とまだただのクラスメートだったときのことを思い出す。  前にもこんなことがあった。あのときは立場が逆だったが、心無い連中に雑用を押し付けられてへろへろになっていた二通が目の前で倒れそうになったのを見て支えたのだ。  今は立場が逆だが、何故だがその日のことを思い出す。 「……悪い、二通」  俺はそのまま二通に体を預けた。  あのときも、体育館倉庫のときも誰かに命令されていたようだった。あの場で吐露していた汚い言葉のどちらが本性にせよ、今この場に二通がいてくれてよかったと思った自分がいるのも確かだった。  ――学生寮・通路。  二通に支えられるようにして戻ってきた自室の前には見たくない姿があった。 「――……一番ケ瀬」 「っ、十鳥……っ!」  扉にもたれかかっていた一番ケ瀬は俺の姿を見るなり立ち上がり、そしてこちらへと大股で近付いてくる。こちらまでやってきたと思えば、そのまま二通にいきなり掴みかかる一番ケ瀬にぎょっとする。 「お前、十鳥になにを……」 「おい、やめろ一番ケ瀬……っ! こいつには助けてもらっただけだっ!」  以前のことがあったにしろ、流石に助けてくれた二通に対してその態度は看過することはできない。「なんだよ」と怯える二通を庇うように、慌てて仲裁に入れば一番ケ瀬がこちらを見る。 「……助けてもらった?」 「ああ、そうだよ。……悪かったな、ここまで送ってもらって」  一番ケ瀬から二通へと視線を向け、俺は改めて二通に礼を言うことにした。二通は「いや、その、俺にはこんなことくらいしかできないから」などとごにょごにょ言っていたがよく聞こえない。  一番ケ瀬がいるとなると、二通は帰らせた方が良いだろう。そう判断した俺は二通と別れ、帰る気配のない一番ケ瀬を見上げる。 「十鳥お前、なんだよ。助けるって……もしかしてまた、」 「別に大したことねえよ、いつも通りのだ」 「大したないわけないだろ……っ! ……っくそ。……部屋、鍵」  鍵を渡せ、ということなのだろう。嫌だと言っても無理矢理扉をこじ開けそうな気迫すらあった一番ケ瀬になにも言えなかった。俺はカードキーを一番ケ瀬に渡せば、そのまま一番ケ瀬は扉のロックを解除する。 「どこか痛むのか?」 「……大丈夫だ」 「二通のやつなんかに頼むほど、一人で歩けないんだろ。……ほら、俺の腕。掴んでいいから」 「……」  本当にこの男には敵わない。  どこまでも見抜かれ、俺の性格を熟知しているこいつは毎回先回りしてくるのだ。  差し出された腕に恐る恐る触れる。そのままぎゅっと袖を掴めば、一番ケ瀬はそのまま俺の肩に手を伸ばす。支えるためだとわかっていたが、いきなり肩を抱いてくる一番ケ瀬にぎょっとした。  思い出したくない記憶が蘇り、全身の筋肉が萎縮したように強張る。それを一番ケ瀬も感じたのかもしれない、一番ケ瀬はこちらを見た。 「……十鳥、お前まさか」 「いつも通りって、言ってるだろ……」 「……」  小さく一番ケ瀬は舌打ちをした。  何故一番ケ瀬が怒るのか、いや、俺に対して怒ってるのかもしれない。一番ケ瀬が一緒にいてくれようとしていたのは元々、“こういうこと”を避けるためにだった。それを拒んだのは俺の方からなわけで、おまけに一番ケ瀬の好意からも逃げるような形で。  ぐっと引っ張られ、開いた扉から玄関口まで連れ込まれる。そして次の瞬間、気付けば俺は一番ケ瀬に抱き締められていた。 「……っ、い、一番ケ瀬……」 「…………」 「ぉ、おい……」  なんでなにも言わないんだ。  一番ケ瀬の腕の中。最初は他人の体温に驚いたが、相手が一番ケ瀬だからだろうか。次第その緊張も一番ケ瀬の熱とともにゆるやかに全身へと溶けていく。  バクバクと早鐘打っていた心音も凪いでいくのだから不思議なものだ。 「……」  正直な話、俺はどこか自分の身に起きたことを俯瞰的に見ることで自己と切り離して考えていた。そうしなければならないと思っていたからだ。  それなのに、一番ケ瀬のせいだ。一番ケ瀬がそんな可哀想なものを見るような目で俺を見て、抱き締めるお陰で、頭を撫でられ、「助けられなくて悪かった」などと言うせいで、その策略も失敗してしまった。 「……っ、一番ケ瀬……」  怖かった。正直死ぬかと思った。気持ち悪かった。  一番ケ瀬の胸にしがみつき、ぼろぼろと溢れそうになる涙を一番ケ瀬は舐めとる。  何も言わずに俺を抱き締め、落ち着くまで俺の背中を撫でてくれた。  何も聞かずに、精液と汗で臭い体も全部抱き締めてくれる一番ケ瀬の存在がただ今の俺には必要だったのだ。

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