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07※

 なんで。どうして。さっきまであんなに気持ちよかったのに。  止まらない冷や汗に、一番ケ瀬も俺の異変がおかしいと察したようだ。 「おい、十鳥……大丈夫か?」 「大丈夫……っ」 「けど……」 「いいから、続けてくれ……っ」  少しでも自分のこの思考を振り払いたかった。  だから一番ケ瀬にしがみつき、俺は中断させようとする一番ケ瀬に懇願した。  結局、射精もした。何度も出た。それなのに、心の中が物足りないと感じていた。  おかしい、こんなの。  四軍として扱われていたときに射精に至ることもないときも何度もあった。その時と同じ感覚を一番ケ瀬相手に感じている自分自身にも絶望したし、なによりもそれを一番ケ瀬に悟られてしまったのではないかと思っただけでも寒気がした。 「……っ、は、……ぁ……っ、お゛え゛……ッ」  生徒会室を出たあと便所に飛び込み、何度か嘔吐する。  確かに気持ちよかった。それは間違いない。一番ケ瀬が下手なわけでもない。寧ろ、俺が痛くないようにうんと優しくしてくれた。 「……」  そこまで考えて、冷たい汗が背筋に流れ落ちる。  そんなはずはないと頭を振るが、可能性としてそれしか思い当たらなかったのだ。  鏡の中の自分を見つめる。あのときとは違う、ちゃんとネクタイも締めているはずなのに酷い顔をした自分がいた。 「……っ、ぉ゛え゛ッ」  クソったれ、と今はいなくなった生徒会の連中に向かって吐き出した。  あいつら、最後の最後まで俺に平穏を与えるつもりはないようだ。  ――優しくされるだけでは満足できない、なんて。  ◆ ◆ ◆  生徒会長補佐とは名ばかりで、一番ケ瀬は基本一人でなんでもしてしまうお陰で俺は側にいることしかできなかった。  もう四軍ではない、名ばかりとはいえど生徒会――一軍の仲間入りを果たした俺を四軍時代のときのような扱いをするやつなんてもうこの学園にはいない。ああそうだ、俺をめちゃくちゃにした旧生徒会の連中もどっかに行った。  あれから、試しに一番ケ瀬に乱暴に抱いてくれと頼もうかとも思った。けれど、できなかった。  一番ケ瀬に変わったと思われたくなかった。よりによって他の男に変えられたのだと分かれば、そりゃ一番ケ瀬だって悔しい思いをするはずだ。俺だって男だ、それはわかったからこそこれ以上一番ケ瀬のプライドを傷付けるようなことはできなかった。  日中、一番ケ瀬が生徒会長としての仕事を全うしている間、俺はやることはない。夜は一番ケ瀬と一緒にやつの部屋に帰るし、フリーになれる時間となればその時間帯だけだった。  だから、俺は三年生の教室へと向かった。  廊下の片隅、頭から水を被って転がった人影を見つけた。  ――ああ、やはりこんなところにいたのか。 「……二通、大丈夫か?」 「と、とり君」  散々サンドバッグにされたようだ、辛うじて目を開いて反応した二通。そして、そこにいた俺を見て更に大きく目を開く。 「どうして、ここに……」 「お前に用があってな。……立てるか?」 「う、ん……」  こくり、と二通は頷いた。満身創痍のやつの体を抱き抱え、俺はやつを保健室へと連れて行く。  一番ケ瀬は、俺の代わりに二通を四軍に落とした。元からあいつは二通のことをよく思っていなかったことは知っていた。最初は同情したが、四軍とはいえど今はちゃんと一番ケ瀬が管理している学園だ。俺のようにあからさまな真似をされるわけではない。  ――学園内、保健室。 「ごめんな、俺のせいで」 「そんなことないよ、ぼ、僕……十鳥君の身代わりになれるならなんだって……我慢できるよ」  養護教諭に手当をしてもらい、ついでにベッドを一台貸してもらうことができた。  久しぶりに二通と会った気がする。四軍のときはあれから何度か体を重ねた。こいつ、頭に血が昇ると全然優しくないからな。  と、そこまで考えて、既に熱を持ち始めていた自分の下半身に気付いた。 「……」 「十鳥君……? っ、ぇ」  驚きに見開かれる目。まさか二通は俺にキスされるとは思わなかったようだ。次第にその顔が赤くなっていく。ぴく、と反応する手を握り締め、俺はそのままベッドへと乗り上げ、二通の上に跨った。 「っ、十鳥君……いいの?」  ――君はもう四軍じゃないのに。  そう言いたげに二通の目が右往左往する。けれどやつはどこまでも正直なやつだ。シーツの下、押し上げるように膨らんだ下半身に俺はそっと触れた。瞬間、ぴくりと手の中のそれが更に大きくなる。 「ああ、構わない。お前にはいつも世話になってるからな、……けど、他のやつには内緒だぞ」 「……い、一番ケ瀬のやつにも?」  二通の問いかけに内心ぎくりとした。  こいつはよく分かっている。流石、俺のストーカーだっただけはあるようだ。「ああ」と小さく呟き、それ以上余計なことを聞かれないように俺は二通の唇に自分の唇を押し当て、蓋をした。  生徒会の役員になって、一番ケ瀬以外の人間に抱かれたのは今回が初めてだった。  というよりも、元々もう他の奴らに抱かれる理由がなくなったのだ。それが当たり前だったのに、なぜこうなったのか。 「っ、ん……ッ」 「は、十鳥君……っ、僕の、女神様……ッ!」  ギッ、ギッ、と腰を打ち付ける度にベッドは軋む。養護教諭が丁度保健室から出ていったにしてもだ、興奮すると周りが見えなくなるのは変わらないようだ。がぶ、と肩口を噛まれ、はっとする。「痕は残すな」とあれほど言ったのに、二通は無我夢中になってそのまま俺の下半身に腰を打ち付けるのだ。 「っ、ぉ、い、待って……ッん、ひ……ッ!」 「は、……っ、久しぶりの、十鳥君……っ、いい匂いがする……っ」 「っ、ふ、ぅ゛……ッ!!」  焦りすらも背徳感に変換され、快感がより際立つ。性急なピストンも、独善的な抽挿も全て俺が求めていたものだ。それと同時に理解してしまう――やはり、自分は今までと同じではないのだと。 「っ、く、んん……っ、」 「と、十鳥君……ッ! 君はやっぱり変わってない、昔から、優しいままの……っ!」 「っ、ぁ゛……ッ、ぉ、おれ、おれは……ッ! ん、む……ッ!」  噛み付くように唇を塞がれ、唾液ごと舌を吸い上げられる。こりこりと引っ張られたまま乳首を潰されながらも、前立腺を性器で扱かれれば何も考えられなかった。呼吸する暇もないほど、無茶苦茶に抱き潰され、何度も腹の中にぶちまけられる。唾液なのか汗なのか涙なのかもわからない。それでも二通は俺の体液を全てしゃぶり尽くし、そして奥まで貫くのだ。  意識が飛びそうなほど執拗に、骨の髄まで貪られる。この感覚が、ずっと自分が求めていたものだと理解してしまったのだ。 「っ、十鳥君……っ、好きだ、愛してる……っ」  引き抜かれた性器、そして目の前に突きつけられた性器から吐き出される精子を顔面にぶっかけられた瞬間、俺の性器が震えた。びく、びく、と口を開いたまま痙攣する下半身。咄嗟に瞑った片目のその瞼の上をどろりと落ちていく精子と、濃い匂いに頭の奥まで満たされていくようだった。  ――こんなこと、自覚などしたくなかった。 「……十鳥、どこ行ってたんだ?」  二通に抱き潰され、気がつけば放課後になっていた。顔を洗い、生徒会室へと戻れば珍しく生徒会室には一番ケ瀬が一人だけ残っていた。 「悪い、ちょっと具合悪くて保健室にな。……他の奴らは?」 「今日は特にやることもなかったからな、帰らせた」 「……そうか」  なんとなく、一番ケ瀬の雰囲気が違う気がした。  ピリついてるようなそんな感じだ。まさか二通の行為がバレたわけではないだろう。そう思いながら、俺は一番ケ瀬の元にそっと歩み寄る。 「悪かったな、一人にして」  そのまま頬に軽くキスをすれば、一番ケ瀬はこちらを見た。 「……お前、イカ臭いな」  どくんと心臓が跳ねる。 「まさか、」となにかを一番ケ瀬が言いかけるよりも先に俺は一番ケ瀬の手を握った。 「さっき、我慢できなくて一人でしてきたんだよ。……言わせんなよ」 「一人でって、お前……っ、ん」  ちゅぷ、と唇を押し付け、柔らかくキスをする。男の喜ばせ方と、嘘ばかりが上手くなっていく。「早く部屋に帰ろう」と一番ケ瀬に囁やけば、僅かに頬を紅潮させた一番ケ瀬は「ああ、そうだな」と流されてくれた。  浮気ではない。これは、ただ試しただけだ。  自分に言い聞かせ、罪悪感を塗り替える。それでもやはり一番ケ瀬を裏切ってしまったような気持ちはずっと俺の全身に絡みついていたのだ。  その日、一番ケ瀬との本番行為は断った。昨日の負担が思ったよりも大きかったからと言えば、一番ケ瀬は『そうか』と少し寂しそうにしながらも、その代わりに一番ケ瀬を手と口で処理することにした。  ……ああ、俺は処理という言葉を一番ケ瀬相手に使いたくなかった。けどそれは本当に作業に等しくて、俺は上の空のまま一番ケ瀬と同じベッドで眠ったのだ。  ◆ ◆ ◆  色を取り戻した世界が、再び灰色になっていくなんて思ってもいなかった。 「……っ、は、二通……ッ」  四軍のため、カースト制度の均衡を保つため。四軍の捌け口になることも必要な生徒会の役目ではないのか。  そんな言葉を頭の中にいくつも並べながら、俺はその日も二通に抱かれていた。中に出されるのはまずいとゴムを付けてもらってるが、それでもこいつは夢中になるとすぐ忘れる。結局無視して中に出され、俺は生徒会室へと戻る前に男子便所で精液を掻き出すのだ。  俺は何をやってるんだ。  別に、セックスだけが全てではない。  頭では理解できていたのに、自分の性衝動を抑えることができなかった。一度壊れたそれを元通りにするにはあまりにも粉々で、これでは駄目だと思いながらも目先の快感に抗うことができない。  一番ケ瀬との関係が不満というわけではない。そんな言い訳をしてしまう自分が堪えられず、俺は二通に抱かれてはそれをかき消そうとしていた。  それでもある程度慣れれば罪悪感も薄れてくるのだろうか。そんなことを考えながら便所を出たときだった。  男子便所、その個室の扉の前、立っていたその人影に息が止まりそうになった。 「……っ、い、ちばんがせ」 「やっぱりここにいたのか、十鳥。……探したぞ」  いつもと変わらない笑みを浮かべた一番ケ瀬がそこに立っていた。咄嗟に閉めそうになった扉をこじ開けられ、伸びてきた腕に手首を掴まれる。 「っ、さ、探してたって……」 「たまたま仕事も早く片付いたからな。どうせ、いつものことだから三年の教室から生徒会室へ続く途中にあるこの便所で小綺麗にしてくるだろうなって思ったんだ」 「え」  男子便所から引きずり出され、そのまま生徒会室へと向かって歩いていく一番ケ瀬。その大きな背中越し、さらりととんでもないことを口にする一番ケ瀬にどんどん冷や汗は流れていく。  待てよ、ソレってまさか。  青ざめる俺を振り返った一番ケ瀬はいつもと変わらない笑顔を浮かべるのだ。 「何をそんなに驚いてるんだ?  ――まさか、俺が何も知らないとでも思ったのか。お前が二通のやつに犯されにいってるって」  咄嗟に俺は一番ケ瀬の手を振り払いそうになった。しかし、強く握り締められた手首はびくりともしない。それどころか、乱暴に引っ張られ、転びそうになる体を一番ケ瀬に抱き寄せられる。 「っ、い、一番ケ瀬……っ」 「なにを今更そんなにビビる必要があるんだ。……いつかはこうなるって分かってただろ」 「そ、れは」 「それとも、俺が黙って見てみぬふりでもしてやるほど心が広い男に見えたのか? ……だとしたら、光栄だけどな」  生徒会室前。乱暴に足で扉を開いた一番ケ瀬はそのまま俺の体を押し込んだ。 「っ、ま、っ、う゛……ッ!」  突き飛ばされ、硬く冷たいタイルの上に尻もちをつく。扉を閉めた一番ケ瀬は、そのまま後ろ手に鍵をかけるのだ。  生徒会室の窓から差し込む赤い夕日が一番ケ瀬の顔を照らす。笑みの抜け落ちた一番ケ瀬の顔を。  それはいつの日か見たあのぞっとするような無表情だった。

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