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第6話
渉と出会ったのは、もう20年も前のことだ。顔見知り程度の期間も加えれば更にそれ以上になる位付き合いは長い。
その頃の私は『割り切った関係』でしか人と関わりを持てなくっていたから、渉とも初めはセフレのような関係だった。お互いに若くて、今思えばまだまだ子供だったけれど、自分ではもうすっかり大人だと思っていた。セフレなんて大人の遊びの一種だと思っていたし、愛のない行為に虚しさを感じていない訳では無いが、そこには目を瞑って、楽しめば良いと自分自身に言い聞かせていた。今思えば、心から人を愛するという事を知らなかっただけなのだが、その所為で渉の存在の大切さに気がつくのに時間がかかってしまった。そして、かなり遠回りをして付き合い始めたのは出合って数年経ってからだった。
その日………初めて渉と言葉を交わしたその日の出来事は、今でも鮮明に覚えている。
仕事もやっと閑散期に入り、早めに帰宅した私は、週末という事もあり一人で飲みに出かけた。行き先は、大学の頃から通っていたバー『グラン・シャリオ』だった。
初恋の人を忘れると決めて、初めて其処を訪れたのは大学に入学した年の年末だっただろうか。ゲイバーと掲げているわけではないが、そちら側の人間が多く集まるので居心地が良く、マスターや他の常連客と他愛のない話をするだけでも気が紛れるし、上手くすれば朝まで一緒にいてくれる相手に出会えるかもしれない、そんな店だった。
当時、私の心は荒んでいて、誰でもいいから心の隙間を埋めてくれる人間を探していた。だが、そういう気持ちで誘われるがままに付き合っても、大抵は体が目的の奴ばかりだ。心の隙間は埋まるどころか大きくなっていったように思う。初めは自分の事を棚に上げて傷付いたりしたけど、そんな事にも段々感覚が麻痺して、性的な快感を得ることで満たされるようになって、愛情のないセックスが当然になっていった。
就職してからは流石に派手に遊ぶような事はなくなったが、たまに、誰かの温もりを求めてつい足を運んでしまうのだった。
その日は金曜の夜だというのに、店に客が一人もいなかった。が、こういう日はマスターとゆっくり話せるから嫌いではない。うるさい常連客がいたりすると、お説教されたり叱咤されたり、落ち着かないのだ。
カウンターの席に座るとマスターにジントニックを頼む。グラスに氷を入れ、ジンを注ぐ、マスターの流れるような手付きが美しいなと思った。
グラスを差し出しながら、久しぶりだねとマスターが言った。年度末で一段落と思っていたが、その年は4月から既に忙しく、ずっとバタバタして、やっと6月に入って落ち着いてきたのだ。だから半年近く顔を出していなかったのかも知れない。
「年明けからずっと、バタバタしてて、いつまで経っても暇にならなかったんですよ。」
とつい愚痴ってしまう。仕事があるのは良いことだよ、とマスターに慰められ、まぁ確かに………と納得する。が出てくるのは仕事の愚痴ばかりだった。入社して6年、後輩も何人も入って仕事の流れも分かってきて、何件かの仕事も任されて。やり甲斐も感じていたが、どうにも空回りしているような気持ちになることがあった。そんな話をマスターに話して聞かせると、コウスケクンも大人になったよね、と笑われた。
その後もどうにも愚痴っぽくなる私をマスターが宥めて一時間程経った頃、見たことのある男が入ってきた。
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