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第4話

 結局その晩、渉は帰ってこなかった。渉を待ちながら、うとうとと一晩過ごし夜が明けた。渉がいない事なんて別に珍しい事ではない。友達と飲んで朝帰りすることもたまにはあったし、お互いに仕事で徹夜になって数日会わなかった事だって多々ある。連絡のないことだってなかった訳ではなかった。でも、前の晩のやり取りが心に引っ掛かって、どうにも落ち着かなかった。あれくらいの事で家を出たりしないだろうと思う反面、もしかしたら、今まで我慢していたものがあの事をきっかけに溢れてしまったのかも知れないと思う自分もいた。  電話をしても出ないが、呼出音が鳴るところをみると電源は入っている。LINEをすれば返事は来ないが既読にはなるから、それが彼の返事なのだろう。どうしても話をしたくて、休みが明けて月曜日に職場に電話をしてみたが、席を外していると言われて話すことは出来なかった。が、それはつまり、職場にはいるという事だ。それで、少し安心した。それから4日、やはり渉からはなんの音沙汰もない。  あんな嫌な夢を見るほど自分の気持が追い詰められているとは思っていなかった。時計を見ればまだ5時過ぎで、起きるには早かった。が、横になって目を瞑っていても頭の中は冴えていて、渉のことばかり考えてしまう。そうして考えれば考える程、心にぽっかり穴が開いて埋めようのない空白が生まれていく。だからその空白を埋めたくて、ここ数日はいつも通りに朝の準備をしているのだ。 湯を沸かしコーヒーを淹れ、小鍋で玉を2個茹で、渉がいつもスーパーで買うサラダ用のカット野菜と同じものを開けて皿に盛った。後はパンを焼けば、朝食の準備は終わる。無意識に半熟よりもさらに少し柔らかめが好きだという渉の卵を少し早く取り出そうと鍋の前に立ったとき、自分の行動に自嘲した。いつも通りって言ったって、今渉はいないだろう……と。  何をやっても結局寂しさは募るばかりだった。いつも渉が座っている席に座り、煙草に火を点ける。普段は換気扇の下で吸うのが習慣になっていた。二人とも吸うのだから、お互い堂々と吸えばいいものを、昔の習慣が抜けずガスコンロの前に突っ立って換気扇に煙を吐き出しているのだった。しかし、今日はそんな気分にもなれなかった。  (くう)を見つめて考える。あの夜、風呂の後に渉は煙草をふかしたのだろう。髪からも煙草の匂いがしていた。いつも風呂上がりは吸わずに寝るのに、一人で換気扇の下で何を考えていたのだろう。やはりあの時、もっとしっかり話をしておけばよかった。長年共に暮らしてきて、すっかり分かり合えていると思っていたのは幻想だったのか。しかし、考えれば考える程、それの思考は堂々巡りをくりかえし、答えから遠のいていくようだった。

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