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第9話
渉を揺り起こすと、はちみつ色の髪をガシガシ掻きながら、寝惚けた表情でモゾモゾと布団の上に座り直す。それから、睨みつけるようにこちらを伺った。強度の近視らしく、目を凝らすように顰めた目つきが悪い。が、私の顔を認識すると途端に愛嬌のある笑顔になった。それから、おはようコウスケクン、と言って両腕を広げて抱きついてきてキスしようとしてくるのを、やんわりと手で制して、おはようと返す。すると渉がニヤニヤしながら言った。
「昨日すごく良かったよね。俺たち相性悪くないんじゃない?」
その言葉に急に恥ずかしくなって、一気に顔に血が上った。それを見て渉が
「コウスケクン、カワイイ。」
と言って笑う。
渉が徐に立ち上がり、テーブルの上の煙草を取って火をつけた。二、三度深く吸い込んで肺に充満させると満足したらしい。吸いかけのそれをこちらに寄越して、アゲルと言って、そのままシャワーを浴びに行ってしまったのだった。
取り残された私は受け取った煙草を吸いながら、一人、部屋を見渡した。渉の部屋は案外整頓されている。インテリアもこだわっている様で洒落た部屋という感じだ。が、床には郵便受けから取ってきたであろうダイレクトメールやチラシ、読みかけの本等が無造作散らばって、側のテーブルは飲みかけのコーヒー、灰皿には煙草の吸殻が数本そのままになっていた。あまりそういう事に頓着しない性格らしい。でも嫌な感じはしなかった……と言うより、そんなところも、あっけらかんとした性格と相まって好感が持てた。
烏の行水と言えるくらいの素早さで、渉はシャワーを終えて戻ってくると、新しいTシャツとスウェットをこちらに放り投げて、
「お腹すいたでしょ、朝飯作っとくからシャワー浴びといで。」
と言い残して、声をかける間もなくキッチンに行ってしまった。仕方なく言われるがままにシャワーを浴びに行く。ふと目を上げると、洗面所の鏡に映る自分と目が合った。なんてにやけた顔なんだろう。思わず目を逸らしてシャワーを浴び始めたのだった。
シャワーから出てキッチンに行くと、渉がテーブルに出来たものを並べるところだった。大して時間は経っていないのに、サラダとトースト、スクランブルエッグが用意されている。
「もう出来るから、適当に座ってて。」
と渉に言われ、ベッドの端に腰を下ろす。先程まで乱れていたのに、もうシーツは取り替えられていて、掛け布団は足元に畳んであった。
手際の良さに感心しながら、
「すごいな、美味そう。何でも出来るんだな。」
と、素直な感想を述べると、
「すごくないよ、テキトーテキトー。っていうか、これくらい出来るでしょ、フツー」
と照れながら笑う。それから、一人暮らしが案外長いからねと言った。
間もなく小さな座卓に彩りの良い朝食が並べられて、その前に胡座をかいて二人向かい合うと、コーヒーの入ったマグカップをテーブルに置きながら、渉が遠慮がちにどうぞ、と言う。
こんな人間らしい朝は何時振りだろう。一人暮らしを始めてから、こういう生活することに興味がなかった事に気がついた。生野菜なんて、いつ食べたかも思い出せないほどだ。朝はコーヒーを一杯飲んで家を出て、昼は菓子パン、夜は大して美味くもないコンビニ弁当をつまみにビールを飲んで寝るような毎日だ。
いただきます、と手を合わせて卵を口に運ぶ。渉の料理は旨かった。こんな家庭的な食事はしばらく摂っていない。無心で食べ物を次々に口に運び、頬張ったまま顔をあげると、その様子に呆気にとられている渉と目が合った。
「お腹空いてたの?もしかして飢えてる?」
渉はそう言うと、堪えきれないといった様子で口元を抑えて大笑いした。
「いや、こういう食事久しぶりで。めちゃくちゃ美味いよ。」
私はバツが悪くなって、小さくなりながら俯いて、口の中のものを咀嚼していると、
「そっか。なら、良かった。」
と、渉が涙を拭いながら微笑んだ。
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