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第10話

 その時の食事中の会話は他愛もないものだったけど、お互いの事を話したりバーの常連客の事を話したりしてゆったりとした時間を過ごしたのだった。  あれから20年か、と溜め息をつく。つい昨日の事のような気もするし、随分昔の事のようでもある。あの頃の渉、可愛かったな……と若い頃の渉に思わず頬が緩んだ。  気付けば、先程まで遊んでいた子ども達も、知らぬ間に皆帰ってしまったようだ。見れば辺はもう暗くなり始めている。手に持ったまま短くなってしまった煙草を携帯灰皿にしまい、蓋をして立ち上がると、 「そろそろ帰るかな…」 と独りごちる。帰って早く寝よう、そんなことを思った時、後ろから、橋本さんと呼ぶ大きな声に振り返ると、公園の入口に川島が立っていた。 「どうしたんですか?公園で休憩ですか?」 「え、いや帰るところ。休憩なら社内で取るよ。」 「そうですよね!橋本さんにしては早いなと思ったので。気分転換か何かかと思いましたが違いましたね。」 「うん、ちょっと調子悪くて定時で出たんだけど…駅までキツくてさ。ベンチで休んでたところ。」 自分でも呆れるくらいすらすらと嘘が出る。 「具合悪くて休んでるのに煙草を吸ってたんですか?もっと具合悪くなりません?」 「吸わない人はそうかも知れないけど。吸ってる方が調子良いんだよ。」 と呆れ顔の川島に弁解する。実際、動ける程度の体調不良なら、煙草の本数は減ったりしないのだから。 デレていた顔を見られていたのではないかと心配になって、 「ところで、いつから見てたの?」 と聞くと、 「えっと…灰皿に煙草を入れるところですけど…」 それを聞いて、なんだ今来たところかと安心した。そのついでに本当のことを言ってしまう。 「いや…実は仮病。仕事したくなくて定時で出たんだけど、真っ直ぐ家に帰る気になれなくて……時間つぶしてた。」 「あはは、そうなんだ。橋本さんもそういう事、あるんですね。真面目な方だと思ってましたけど。」 「こんな事、今日が初めてだよ!」 慌てて取り繕う。そんな私を見て川島が笑っていたが、ちょっと表情を改めて言った。 「何かあったんですか?今朝もボンヤリしてましたよね。」 鋭い指摘にドキリとした。普通にしているつもりだったのに態度に出ていたのだろうか、図星を突かれて狼狽える。 「実は、恋人が出てっちゃって。なんだろうな、どうしようもないよ。この年になってこんな……」 呟くように言うが、あとの言葉が続かなかった。その言葉を聞いていたのか聞こえなかったのか……川島が取り敢えず帰りましょうかと言って歩き出す。朝と同じように、しかし一言も話さずに通勤路を二人並んで歩いていく。が、駅まで無言だった川島が、改札をくぐりながら飲みに行きません?と誘ってきた。体調不良で帰ってるのに、誰かに見られるのはマズイよと言うと、少し離れたら大丈夫ですよと、事も無げに笑った。

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