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第12話
結局他には思い浮かばず、来た道をそのまま戻って手近なチェーン店の居酒屋に入った。
自動扉が開いた途端に威勢のよい掛け声に出迎えられて店に入ると、通りの喧騒と打って変わって静かな空間が広がっている。まだ時間が早いのだろう、先客も疎らだ。好きな席に、と言われて、少し奥まった壁際のテーブル席につくと、川島は早速メニューを手に取った。
適当に頼みますね、という川島に、よろしくと答えて、手持ち無沙汰になった私は
「最近仕事どう?」
と問う。
「まぁまぁですかね。事務所作業ばっかなんで、相変わらず課長がちょっとウザいんですけどね。残業も最近少なくなったし、やっと落ち着いてきた感じです。現場に出たいんてすけどね・・・・・・・云々」
川島は、メニューに目を落としたまま、ぞんざいに返事をするが、問いかければ100倍くらいの量で答えてくれるのはありがたい。一つ質問すると、一人で10分以上喋っていてくれる。私は時折相槌を打てば良いだけだ。川島は、喋りながらメニューから適当なものをテキパキと選び、店員を呼んで注文を済ませると、また話の続きを始めた。
川島の部署とは連携を取る案件が多いので、仕事上付き合いが深い。川島の部署で現地調査、測量したものを私の部署で図面にするのだ。入社した頃川島が現場に行くのが楽しみだと話していたが、中堅どころになって、最近は現場に出られなくなったのが寂しいらしい。
「山梨の現場のときは、ほうとうを食べるのが楽しみだったんですけどね。最近担当を引き継いじゃって……若手が行くようになりました。まだまだ体力では負けないですけどね。」
と残念そうだ。が、山間部ともなると、重たい測量機材や杭を担いで登るのだから、相当な体力が必要だろう。そうなると、若手の男の社員に仕事が回っていくのかもしれない。その為、川島は最近都市部の担当らしい。
川島は中途採用で入社した。転職する前は全く畑違いの会社にいて、測量等とは無縁だったらしいが、入社前に測量士補の資格を取り転職したのだという。数年で測量士免許も取得して、今では測量課の要と言える。色々愚痴を溢してはいても、川島を見ていれば仕事が好きなのが伝わってくるのだ。
川島が喋るのに合わせて、へえとかうんとか……適当に返事をしていると、一通り喋り尽くしたのだろう。今度は川島が質問する番になった。
「そう言えば、橋本さんの恋人ってどんな方ですか?可愛いですか?」
「えっ?」
仕事の話から一転、急にプライベートの話を振られて一瞬戸惑ったが、今日の川島の目的はこれだった、と思い出して素直に答えた。
「あぁ…かわいいよ。顔がって意味じゃないけど。めちゃくちゃかわいい。」
渉の顔を思い浮かべて、つい頬が緩む。20年経った今だって、色んなタイミングで、好きだと再確認してしまう程かわいい奴だ。いい年をした男が恋人が可愛いなんて、恥ずかしげもなく言うのはどうかと思うが、否定するつもりはない。
「大好きなんですね、その人の事。羨ましいなぁ。でも、そんなに思われてるのに何で出ていっちゃったんでしょうね。」
「何でかなぁ。あんまり思い当たることもなくて……お手上げ状態だよ。」
川島は、へぇ、と言ったあと、しばらく考えていたが
「橋本さん、理由も分からないんですか?」
と尋ねてきた。
「うん、まぁ。朝起きたらいなくて、そのまま帰ってこないんだ。」
「えぇ、そんな事ってありますか、普通?事故とか?生きてますか?」
普通ならない、と私も思う。事故でも無いし生きてもいる。それは会社に電話して確認済みだ。だからといって、非常識だとか酷い奴だとか、渉を非難するつもりはない。逆に、何で分からないんだよって話なのか?とも思う。渉が何かヒントを残してくれたら良かったのに。私がこんな人間だというのは、渉が一番知っているバズだ。………というこれも、渉に言わせれば甘えなのかも知れない。
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