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第14話

「やっぱり、出てっちゃって寂しいですか?」 「そりゃ、まぁ…ね。」 しばし沈黙が続いた。その沈黙を誤魔化すように肴に橋を伸ばす。そこに先程頼んだ生ビールとウーロン茶が運ばれてきた。 「でも、話聞いてたら橋本さんらしい気もしてきました。あまり世間体とか気にしないみたいな。男の人って、自分より小さくてか弱そうな人を連れて歩きたがるじゃないですか。橋本さん、そういう事、気にならないんですよね?ステキです。」 本当は、そんな事を言われても、なんと答えて良いか分からい。私らしいのとは違うと思う。  世間体を気にしないなんて大きな間違いだ。自分が同性愛者だと言う事を他人に悟られないように、普段どれだけ気を張っているか知れないのに。渉との同棲も、余程理解のある人間以外には友人同士のルームシェアと言う事にしているしている。何より今だって、はっきり彼女設定を否定できない。  渉はそんな私が嫌だったのかもしれない。渉はゲイだということを自らオープンにしていて、私にも、強くは言わないがそれを求めているのではないだろうか。だから、一生添い遂げようと思っている相手が、自分の存在を隠し続けようとするのが不満なのではないか。それで、出ていったのかな………1つ理由が分かった気がした。  来店して3時間程経った頃、そろそろ帰ろうか、と川島が何か言うのを聞き流して店員を呼び、会計をして貰った。まだなみなみと残っているウーロン茶を少し飲んで、席を立つと川島が抗議の声を上げた。 「えぇ、まだ飲み終わってないんですけど~」 と叫ぶので、仕方なく座り直す。私よりペースが早かった川島はかなり酔っている様で、大きな声で喚いているのを隣の席の客が笑って見ている程だ。 「それ飲んだら帰るからね。」 念を押すと、渋々川島も承知した。酔っ払った川島は上機嫌で悪い酒ではなかった。一人、家で酒を飲んだら悲惨な事になっていただろう。川島に救われたな、と楽しげに一人で喋っている川島を眺めた。 「来月になったら、夏休みに実家に帰るんです。東先輩に会って、横山先輩のお墓参りに行く予定なんですけど、橋本さんと飲んだ事、話していいですか?」 「あぁうん、いいよ。よろしく伝えてよ。まぁ、恋人に逃げられたとか余計な事は言わないでね。」 笑いながら釘を刺すと、川島は右手を上げて、は~い、と調子よく返事をした。  高校の同級生達の名前が出てきて、懐かしさと寂しさがふわりと浮かんで消えていった。  川島はすっかりペースダウンして、残りのビールを頬杖を突きながら、ちびちび飲んでいる。もう、先程までのピッチでは飲めないらしい。が、そろそろ出ようか?と促してもまだ飲み終わってません!の繰り返しで、私も諦めて、残っていた肴を片付け始めた。すっかり冷めて硬くなった唐揚げを一つ、口に放り込んて噛みしめると、渉の作る唐揚げの旨さを思い出した。  結局川島は飲み終わる前に眠りそうになったので、無理やり起こして店を後にした。肩を貸して歩きながら駅を目指すが、足が縺れて前に進まないので、ベンチに座らせた。途中のコンビニで買った水を飲ませると少し酔いが冷めてきたらしい。 「帰れそう?」 と聞くと、まだ眠そうだったが、大丈夫ですと言うので、改札まで送った。 「じゃあまた明日~」 と言うと川島は楽しげにホームへ向かう人の流れに紛れて帰っていった。その背中を見送って腕時計に目を落とすと、既に10時近くなっていた。結局最後の一杯で1時間近くいたんだなと、小さく息をついた。  

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