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第21話
今日、仕事を休んで浩介と共に暮らした家の荷物を片付けに行った。
朝、浩介が家を出て駅へ行くのを通りの反対側から電信柱の影に隠れて見送る。そんなのストーカーみたいだけれど、直接会う勇気がなくて、こそこそと隠れて見ているんだ。こんな事、本人が知ったら怒るだろうが、浩介を前にしたら、きっと決心が揺らいでしまうし、もしかしたら、余計なことを言って浩介を傷付けてしまう。だから、これは俺ができる最善の方法だと思った。
久しぶりに見た浩介は、遠目にも少し疲れた顔をして、元気がないのが分かった。少し痩せたのかも知れない。。俺が自分勝手にいなくなったのが原因だと思うと、申し訳ない気持ちになる。でもその一方で、あの 浩介が俺の事で心を砕いていることが嬉しくもあった。そんなことで喜ぶのは悪趣味だとは思うけど。それに、実物の浩介を見ることが出来た事も、本当に嬉しかった。あの、少し不機嫌そうな表情も、俺と話す時はすごく柔らかくなって優しい顔になる。他人には見せない表情を俺は知っているんだ。そう思うと誰にと言うわけじゃないが優越感を感じてしまう。こうして、自分から捨てようとしているのに、優越感を感じるなんて馬鹿げている。こんな独占欲は、浩介にとっては迷惑なだけなのに、
それに、こんな事を言って、浩介の方はもうすっかり吹っ切れていて、俺のことなんて忘れてたら?きっと自惚れるなよと笑うだろうな。結局、俺自身が浩介から、精神的に離れられないのだと思う。
浩介が駅の方角へ見えなくなったのを確認して、マンションに入った。たった3週間いなかっただけで、見慣れたはずのエントランスが、とても懐かしく感じる。掲示板に貼られたごみ収集日のカレンダーや、管理人手製のセンスの無いポスターさえも懐かしい。ここに引っ越して十数年、日々変わる掲示物にそれ程興味を持った事はなかったが、今日は何となく足を止めて眺めた。来週は排水管の点検があるらしい。消防設備点検はその次の週。先の予定も決まっている。俺がいなくても予定が変わることもないし誰も困らない。予定はどんどん更新されていく、そんな当たり前のことに、少し感傷的になりながらエレベーターに乗り込んだ。3階に上がって廊下を左に進んで一番奥、309号室が俺と浩介の住まいだ。でも、もう今日で『俺の』では無くなるけれど。
そんな事が一つ一つ感傷的な気分にさせるから、それを振り切るように、鍵を差して回した。ふっと一息吐いてドアを開ける。すると、玄関にはスニーカーと革靴が出たままになっていた。部屋も少し散らかっている。前日着たものなのか、背広とワイシャツが無造作にソファの背もたれに置いてあった。いつもなら、背広がシワになるから、と帰ると直ぐにハンガーに掛けるのにどうしたのか。他にも普段の浩介なら必ず仕舞うような物もその辺に出しっ放しになっていて、全体的に雑然としているのだ。正直、想像以上に荒れた部屋に驚いた。
そのまま、キッチンに行くと流しにはマグカップが一つだけ洗わずにあるのが見えた、他に食器を洗った形跡はない。もしかして、今朝は何も食べなかったのだろうか?
そもそも食事はちゃんと食べているのだろうか。急に心配になってきた。話を聞いた限りでは、普段、会社では菓子パン一つしか食べないらしいし、外食も殆どしない様だ。晩飯はどうしているんだろう。昔から食事に興味のない奴ではあったけど……想像すると怖くなった。
カレーでも作ってやろうか。小分けにして冷凍しておけば、簡単に食べられる。早く片付けを終わらせて後で買い物に行こう。そう思うと、居ても立っても居られなくなって、急いで自分の部屋に入った。
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