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第22話

 部屋は、あの日出ていった時のまま、時間が止まっているようだった。家を出るとき、慌てて引っ掻き回したタンスも、あの時は衝動的に家を出る準備をして、振り返る余裕もなかった。あの日から今日まで、ほんの少しの間だけど一人で生活をして、改めて浩介との暮らしが如何に自分にとって大事な物だったか思い知った。だけど、この先の自分を考えて悶々とする日々に、浩介を巻き込まずに済んだという意味では後悔はしていない。  でも、あんな風に何も言わずに出て行かなくても、何か嘘でもついて、上手くやる方法もあったかなと、今は思う。とは言え、もう過ぎたことだ。時間は戻せないし、俺には時間がないんだ。今日やるべきことは今日終わらせなくては。  部屋に入ると、先ず、必要なものだけ引っ張りだ出して段ボール箱に詰め始めた。今既に足りなくなっている夏の服と、秋冬の服と上着、少し前に買ったCD、まだ読んでいない本。それから、仕事の参考に取っておいた資料の広告やポスター、スクラップブックから、次の案件に必要なものを取り出した。  雑誌の編集の仕事をしたくて、勉強のために専門学校の時から集めているから相当な量だ。しかし、この先これ全部を見直す事はないだろうし、会社の後輩たちに託すには個人的趣味が過ぎる。もう少し整理しておけば、捨てずに済んだかもしれないけど、今更だった。これを整理して分類し直して、なんて時間は、俺にはこの先きっと無い。だから残りは思い切って捨てることにした。  後は、ポートレートやスナップ写真とそのフィルム。学生の頃買ってずっと愛用していたNikonのFM2で撮ったものだ。就職してからは仕事でも暫くはそのカメラで撮っていた。デジタルカメラがすごい勢いで世の中に浸透していく中で、フィルム代も現像代もどんどん値上がりして辞めてしまったが、マニュアルカメラのズッシリとした重さや操作性、シャッター音、フィルムを巻き取るときのレバーの重さは今でも懐かしいと思う。そう言えば浩介と付き合ってからも、少しの間はまだ少しだけ使っていたから、浩介のポートレートも撮っていたはずだと思い出して写真を仕舞ってある箱の中を漁った。  箱の下の方にあった古びた封筒を開けると、モノクロの浩介の写真が出てきた。まだ付き合う前に、二人で海に行った時に写真だ。写真屋でプリントしたのが殊の外良くて、暗室作業をするという友人に便乗して焼かせて貰ったキャビネ判も入っていた。カメラに向ける視線も、心なしか戸惑いと照れくささが滲み出ていて、初々しい。カメラを意識して不機嫌な表情をしているのも懐かしい。あの時は、見せたらきっと「直ぐに捨てろ」と煩いだろうと思って浩介には見せなかったんだ。写真の束をペラペラと捲って、選びきれず、家に送る段ボールに仕舞った。どの表情の浩介も大好きだから、どれも捨て難い。それに、ここに置いて行って、うっかり浩介がこんな写真を見つけたら怒るだろう。  こうして片付けてみると、思い入れのあるものばかりだった。高校で一人暮らしを始めたときからの品もあるから、どれを取っても懐しくて愛おしい。本当は捨てたくないものばかりなんだ。でも、だからこそ、自分でやらないとダメだと思った。こんなものを残して置けば、俺が居なくなったあと、俺が大切にしていた事を知っている浩介が、処分に困るのは目に見えている。きっと、この3週間何も変化がなかったように、この先何年も、浩介が引っ越すまで、そのままに違いない。でも、そんな事、到底させられないんだ。  それに、見返せば捨てられなくなる。大切な物の中には、浩介との思い出も詰まったものが沢山あるだろう。見てしまえば、きっと辛くなる。 だから、思い切って次々と、未練を残さないように、機械的にゴミ袋へ詰めていった。

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