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第24話

 先程の気持ちと重い身体を引きずって、とぼとぼと、俯きながら来た道を戻った。見るもの全てが幸せだった頃の記憶を呼び起こす。どうしてこんな目に合わなくちゃいけないんだろう、どうしてこんな選択をしたんだろう。でも、全部、自分の所為だ。別れたくない人と別れることも、離れなくない場所を離れることも、自分で選んだことなんだ。だから、泣いてはいけない。  顔をあげると、学校帰りの小学生が楽しげに、友達と戯れ合いながら歩いてくるのが見えた。皆明日の事なんて心配もしていない、屈託のない笑顔に見える。でも、大なり小なり悩みはあるはずだ。それを皆、表に出さないで頑張っている。だから、俺も今出来ることを頑張ろう。早く家に帰ってカレーを作ろう。それが今、俺に出来ることなんだ。そう自分に言い聞かせて、肩で涙を拭った。  スーパーに来ると、カゴを取って売り場を歩き始める。ルーやスパイス類は家にあるはずだから、玉ねぎと人参、きのこを何種類か買おう。きのこはどれにしようか………段取りを考えながら歩けば気分が紛れて、買い物に集中し始めた。  野菜売り場で必要なものをカゴに入れていると、特売のじゃがいもの安さに驚いて、思わず大袋を手に取った。さっきまであんなに落ち込んでいたのに、こんな事で嬉しくなるんだから、人間なんて単純なものだ。でも、じゃがいもは浩介が好きだけど、この時期はカレーに入れると傷み易くなるから使わないんだ。それに……俺はもう帰ってこないし、買っておいても浩介は使わないだろう。後ろ髪を引かれる思いで、小さな溜め息つき、袋を戻した。  買い物を済ませて外に出るが、寒いくらい冷房の効いた店内から出ると、暑さが余計に堪える。それに、強い夏の日差しは頭痛も誘発して、足取りを更に重たくした。それ程多くない買い物なのに、ズッシリと重たくて、家までの道程が果てしなく感じられた。この道はこんなに遠かっただろうか。帰りはもう、家に辿り着くのに必死で、景色に目を遣る余裕もない。結局家に帰り着いても動けなくて、冷房を入れてリビングのソファで横になる事にした。  これから先、治療の度に、こんな状態なのかと思うと不安だ。まだ始まったばかりで先が見えない闘病生活を一人で乗り切る覚悟なんて元々なかったけど、本当に大丈夫だろうか。  横になりながら、つらつらと不安な気持ちを募らせて落ち込むが、何をを見るでもなく、ぼんやりと目をやった先に、FM2があるのが見えた。体を起こして棚まで行くと、それを手に取る。ずっしりとした重量感が手に伝わって、気持ちは軽くなった。  使うのをやめて10年以上前になるが、捨てる事が出来なくて、目に見える場所にインテリアとして飾っていたんだ。  フイルムのカウントを見ると『31』と示されている。36枚撮りだろうから後5枚、撮らないまま放置していたらしい。  ファインダーを覗いて部屋の景色を切り取ると、絞りを合わせてシャッターを切る。ガッシャン……とのんびりした音が聞こえてた。シャッタースピードのメモリを見ると『4』を示している。通りでのんびりしていた訳だが、最後に何を撮ったのか謎だ。今度は。『125』に合わせて絞りを適正値の一つ上に合わせてシャッターを切る。カシャン、と小気味よい音がした。フイルムカウントは『33』残り3枚だ。カメラを持って台所に移動して、浩介のマグカップと自分のマグカップを並べて置く。それを、順光と逆光で一枚ずつ、最後に開放絞りで高速シャッターでカシャリ。学生時代の課題写真みたいだな、と苦笑しつつ、フィルムを巻き取る。中のフィルムの状態が心配だったけど、難なく巻き取れたということは意外と問題ないのかもしれない。スローシャッターの理由も知りたいし、持って帰って現像してみよう。フィルムとカメラをカバンにしまいながら、心が軽くなったのを感じた。 さあ、次はカレーだ。カレーを作ろう。

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