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第27話
とは言え、家賃の問題もあるし、片付けない訳にもいかないのが現実だった。二人だったから普通に払えていた家賃も、一人では負担が大きいし、この広さで一人暮らしは寂しすぎる。そろそろ引っ越しも考えなくてはいけないだろう。
「涼しくなったら片付けよう!」
誰が聞いている訳でもないのに、平気な振りをして、口に出して言ってみる。
それから、さて昼は何か外で食べようか、と、また独り言を言う。全く無意味な行動の様だが案外、それがスイッチになって、気分が切り替わったりするのだから、自分は単純な人間だと思う。
部屋着を脱ぎ、身支度を整えて外に出る。いつもなら駅まで10分ほどの距離を、急ぐでもなく、ゆっくりと歩いていく。日もすっかり高くなったこんな時間にのんびり歩いていると、普段歩いている街とは思えない程、明るくて長閑だった。
日頃は、朝早くか遅い時間にしか通らないから、朝は皆シャッターが閉まっているし、夜は居酒屋や飲食店の賑わいに紛れてぽつりぽつりと細々と営業している程度だと思っていたが、昼間見れば、八百屋や肉屋などの商店が沢山あって、活気のある『商店街』という印象だ。休日だって夕方まで家で渉とダラダラと過ごして、明るい時間になんて来たことがないから、こんな健全なイメージはなかったが、これが本来のこの街なのかも知れない。
そんな感慨に耽りながら駅前まで来ると、いつだったか川島と入った居酒屋がランチ営業をしていて、呼び込みをする店員がチラシ配りをしていた。何気なく配られたチラシを受け取って、眺めながら歩く。昼間は焼き魚定食や、唐揚げ定食等が手頃な値段で提供されているらしい。
魚か……いつから食べていないだろう。
等と手元ばかりを見て歩いていたら、そこに人が立っている事に、ぶつかりそうになってやっと気付いた。思わず「あっ」と声を上げると、華奢な身体つきの男が振り返って、一瞬驚いた顔をしたが、直ぐにふわりと笑って私に話しかける。
「あぁ、びっくりした。もしかして、渉くんのカレシさんだ。浩介さんでしよ?あれ、なんで自分のこと知ってるのって顔してますね。」
初対面とは思えない気安さで、にこにこ笑いながら声をかけてくる感じが、渉と似ている思った。
私の顔を知っていて、渉との関係も知っているという事は、渉の事をよく知っている人物なのだろう。一瞬ぶつかりそうになっただけで、顔と名前を思い出すのだから、余程渉が度々写真を見せていたと言う事か。でも、どういう関係なのだろう。訝しみつつ眺めると、そんな私の気持ちに気が付いたのだろう男が、
「すみません、失礼しました」
と言って笑いながら、店の名前と『ナオキ』と書かれた名刺を差し出した。
「そこの美容室で働いてます。カットモデルをしてくださる方を探してたんですよ。えっと、すみません、馴れ馴れしくて。びっくりしますよね。何時も渉くんのシャンプーさせて貰ってて、よくお話聞いてたので、つい。」
よく喋る男だと思ったが、なるほど、そう言う事かと納得した。
それと同時に、自分が住んでいる街に、渉の事をよく知っている人間が自分以外にもいるんだと言う喜びと、会社と家の往復でしかこの道を知らない私と違って、渉はこの街に根付いた暮らしをしていたんだという驚きと、少しの戸惑いを感じる。
しかし、渉の話が聞けるかもしれないと思い、
「ご都合のいい時に、閉店後になんですけど、いかがでしょうか??」
と少し仕事モードになって笑顔で言う彼に、私も笑顔で了承した。
私は今直ぐにでもと言う気持ちだったが、今日が火曜の定休日だと言うことで、二日後、木曜の閉店後に店に行くことにした。渉の事が少しでも分かるかもしれない、そう思うと、単純に嬉しかった。あと2日か、と木曜日を待ち遠しく感じるなんて、久しぶりの感覚だ。
それから、帰りは焼き魚定食でも食べて帰ろうか。そんな事を思いながら、行きとは違った気持ちで来た道を引き返した。
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