28 / 71

第28話

 そわそわとして落ち着かない2日を過ごし、やっとナオキに会いに行く木曜日が来た。そんな気持ちが態度にも出ていた様で、今日は朝から、何時もと様子が違ったらしい。松井に、何だか嬉しそうですね、と話しかけられた。 「いや、嬉しいわけじゃなくて。今日美容院のカットモデルに行ってくるんだよ。美容院って初めてだからさ、何か、ちょっと緊張しちゃって。」 と答える。本当は、ナオキから渉の消息が聞けるのではという下心があるが、勿論それは言わない。すると、松井は遠慮の欠片もなく大笑いして、 「病院じゃなくてですか?」 と誂うのだ。人を年寄り扱いするなと睨みつけると、大して悪びれた様子もなく、すみませんと笑う。それから、 「床屋と大して変わりませんよ。安心してください。」 とまた笑った。 「カットモデルってことは………美容師さんに声を掛けられたんですか?えっ、部長が?」 何だか馬鹿にされた気がするのは気の所為ではないだろう。まだ話したそうな松井に、そろそろ仕事に戻れと促して、私もパソコンに向かった。  そうして初めてのお使いに行く子供のような心境で、そわそわと残りの時間を過ごし、午後7時を過ぎた頃に帰り支度を始めた。閉店後の午後8時過ぎの約束だから、まだ時間には早いが、松井がニヤニヤしてこちらを伺っているのが、どうにも落ち着かなかったのだ。  皆に聞こえるように「お先に。」と言って部屋を出ると、 「橋本部長デートかな、何か一日中そわそわしてたよね。」 と言う女子社員の声が背中に聞こえてきた。それに対して、 「そういうのじゃ無いっぽいよ。部長の名誉のために言わないけどさ。」 という、なにか言いたげに、含みをもたせた松井の言葉が続く。きっと松井は、彼女からの追求にあっさり喋ってしまうだろう。明日は、私の頭に皆の目が行くだろうと想像しながら階段を降りた。  全く若い者は……なんて、私達だって若い頃は言われたけれど、それにもまして、今の若者は遠慮がない。でも、皆に気付かれるほど態度に出ていたのかと、そこは反省したのだった。しかし、反省したところで、そわそわは止まらず、緊張したままナオキの店に行く事になったのは言うまでもない。  結局、かなり早めに駅に着いてしまったので、コーヒーショップで時間を潰して、8時過ぎに店の前に立った。中を覗けば、閉店後という事で、他に客は居ないようで緊張が増す。中で締めの作業をしていた店長らしき人物が、挙動不審な私に気が付いて扉を開けてくれる。どうぞ、と促されて中に入ると、店の奥の方から、笑顔のナオキも出てきた。 「浩介さん、いらっしゃい。ありがとうございます。」 この間一度あって、カットモデルの勧誘で話しただけなのに、名前で呼ぶなんて、随分親しげ……を通り越して馴れ馴れしいとは思ったが、渉の知り合いだから許そう。 「どんな感じにしますか?」 と聞かれて、 「今の感じをそのまま短くしてもらって……」 と答えながら、今まで髪型のことなど考えたことがなかったと気付いた。 「ええ?冒険はしないタイプですか?」 と驚くナオキに 「そうだね、あんまり変えるのは好きじゃないから。」 としどろもどろに返事をする 「へぇ、そうなんだ。渉くんっておしゃれだし髪型とかカラーとか結構気を使ってるから、彼氏さんもそういう人かと思ったんだけどな。」 少し残念そうにナオキが言った。

ともだちにシェアしよう!