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第29話
「渉くんってホント、いつもオシャレじゃないですか。流行も抑えつつ個性的で、ブレないって言うか。」
渉をベタ褒めするナオキの話を聞きながら、渉について今までそんな風に思った事がなかったと気が付いた。
言われてみれば、いつも少し小洒落た格好だった様な気がしないでもない。一着買うにも色んな店に行って、実際に触ったり試着をしたりしているのを、内心面倒くさい奴だと思った事もあったが、服を買ってくれば、ここのデザインがとか、縫製がとか、生地がイタリアでとか言っていたから、こだわりを持って選んでいたのだろう。
髪に関しては、出会った頃から金髪だったりピンクだったり、グレーだったりしてるから、色が奇抜だなと思う以外には、髪型についてはよく分からなかった。私の職場では、規定では、禁止されていないが客先の印象もあるから、と奇抜な色にする人間はまず居ない。だから、クリエイティブな仕事をする人間は、身だしなみに対する感覚も違うし、職場の風紀もきっと自由なのだろうと思う程度だったのだ。
ただ、オシャレかどうかなんて分からなかったけれど、私は好きな格好をしている渉が好きだったし、格好良いとは感じていたのだが、長い間一緒にいても、流行に疎い私は、そういう事には全く気が付かなかった様だ。
ナオキが渉のファッションセンスについて、熱く語るのを聞いて、渉のこだわりに今更他人に気付かされるなんて、私は渉の何を見ていたのだろうと悲しくなった。
「たまにはちょっとだけ、渉くんを見習って冒険してみませんか?」とナオキが囁いた。その顔はいたずらを企てている小さな子どもみたいで思わず笑ってしまう。内心、心が揺らいだが、変化を好まない私は躊躇してしまった。しかしそんな囁きも店長の耳に届いていたのだろう、無理強いするなとグギを刺される。ナオキは、「はぁい」と調子の良い返事をして、一通りのカウンセリングなるものを終了すると、カットの準備を始めた。ケープに包まれて、鏡越しにニッと笑うナオキと再び目が合う。今度もまた、いたずら小僧の笑顔だった。
ナオキはまだ見習いらしいが、そろそろカットデビューする様で、それなりの腕前のようだ。手際よく髪をカットしていく手付きが様になっている。安心感を感じて、ナオキが勧めてくれた雑誌をペラペラと捲って目を通すが、普段興味を持ったことが無いから、余り内容は頭に入って来なかった。しばらくして、前髪、どうしますか?と聞かれて顔を上げると、見慣れない自分が正面の鏡に写っている。前髪云々の話ではない。きっと、さっきのいたずら小僧の様な笑顔の答えはこれだったのだと気が付いた。がそれを問う間もなく、
「でも、この長さで普段通りバックに流しても良いし、休みの日はふわっと下ろしてもいいし。じゃ、少し揃えるだけにしますね。」
一人納得して、喋ったナオキがまた手を動かし始めたのだった。
そして、カットが終わると、ナオキはシャンプー台に案内した。全体の長さは一見変わらないが両サイドが短く刈り上げられている。たったそれだけのことで、こうも印象が違うのが驚きだが、同じような髪型を20代の部下達がしているのを思い出して、ため息が出た。
明日、会社に行けば、松井にまた誂われるだろうと思うと気が重い。でも、もうどうにかなるものでは無いだろうと諦めて促されるがままにナオキの後について行った。
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