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第35話
予定表のホワイトボードの行き先欄に区役所と書き『直帰』のマグネットを貼って外出の準備をする。直帰のつもりなので車は使わず手持ちで出掛けようと、会議資料が入った大きな袋を2つ両肩に下げていると、部下達から車で行けばいいのにと呆れられた。松井に至っては、
「年寄りの冷や水って知ってますか?そんなの担いて歩いたら、腰痛めますよ。」
などと馬鹿にする始末だったが、全部無視して会社を出る。結局、ノートパソコン以外は客先に置いてきてしまうのだから、私自身はそれ程大変だとも感じなかった。それに、年寄って程の年でもないし、この位の荷物でへばる様な体力でもないのに分かっていない。ああ言う奴に限って、年のことを言われると腹を立てたりするのだから、ここは言わせておけば良い。
それよりも、私の心配は打ち合わせにあった。この案件の担当者がかなり曲者で、いつも酷い注文をつけられるのだ。資料の色味がコピーと出力で若干違うとか、インチキ臭いネットの地図を拾ってきて、こちらの方がイメージに近いとか……それなら測量屋になんて頼まなければ良いのにと毎回思う。そうやっていつも、本題からズレたところでのやり取りが多すぎるのだ。だから、今回も何処にどんな地雷があるか、かなり気を使っていた。
この案件は二年契約で入札した仕事で、前任者が契約一年目の途中にきちんと引き継ぎもしないで急に退職して今の担当者になった訳だが、二年目の後半に入っても、この事業の本質をいまいち理解していない様な言動を目の当たりにする度に、このままで良いのか心配になるのだった。だからいい加減、担当を変えてもらいたいのだが、他に適当な人材もいないらしい。何処も人材不足は同じと言うのは理解できないわけではないが……
だから…………まぁ、こんな事を部下には到底話せないけれど…………打ち合わせが長引いて、終われば疲れ切っていると予想して、仕事が終わったらさっさと家に帰るつもりだった。
しかし、打ち合わせは担当者が不在で、あっという間に終わってしまった。急用だという。覚悟していたような無茶振りはなかったものの、会議当日に何の連絡もなく代理を出すのだからいい加減なものだ。居ないなら居ないで事前に知らせてくれれば、口頭で説明する筈だった内容を、補足の資料や図面で用意したものを、それも出来ないとなれば、結局こちらはもう一度、足を運ぶことになるというのに。
所詮、彼は一般企業の事なんて、自分達の仕事をするコマ位にしか思っていないのかも知れない。そう思うと、虚しさが胸に広がった。そして、一区切りしたという達成感もなく、何となくモヤモヤと腹立たしい気持ちのまま、役所を後にしたのだった。
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