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第34話

 転機はそれから2度目のクリスマスだった。珍しく酔って電話をかけてきた浩介が言ったんだ。 「今夜合う約束してた男に振られちゃってさぁ、一人なんだよね。」 だから家に来ないか、と。それまでの俺なら、二つ返事で行っていただろう。でも、その日は何となくスッキリしない気持ちを抱えていた。セフレから脱却したかった俺は、クリスマスイブに気持ちを伝えようと決めて、ひと月ほど前に会えないか?と浩介を誘っていたんだ。でも、素っ気なく、約束があるからと断られた。だから、他の男に振られたから、と平気で電話してくる浩介が許せなかった。  自分勝手な言い草に、苛立ってキツイ言い方で返す。 「俺をなんだと思ってんだよ。」 電話の向こうで浩介が驚いているのが分かった。 『何って………』 いきなりキレた俺に何て返事すればいいのか困っているんだ。 「俺が浩介を好きだって事、分からないの?」 どさくさ紛れの告白に、思考がついて行かないのだろう。少し間があって、 『………好きって?何それ。今まで聞いたことなかったけど?』 と言った声が、少し震えている気がした。 「だって、今まで言ったことないもん。」 自分で言って、自分を馬鹿だと思った。言ってもいないのに、気持ちが伝わっていない事に腹を立てるなんて。 『じゃあ、分かる訳ないだろ。』 そりゃそうだ。だから、今度は浩介が怒る番だった。 『いきなりキレて意味が分からないよ。お前だってそんな素振り一つもなかったじゃないか!』  俺、馬鹿みたいだ。でも、少しくらいは伝わっていると思っていたのに、全く気が付いていない浩介の鈍感さに、やっぱり呆れて、その場の勢いで、はっきり告白してやった。浩介を今までどれくらい思っていたか、どれくらい大切か、どれくらい愛しているか。それから、 「鈍感なんだよ、バーカ。」 と言って、電話を切ってしまった。 しかし、切ってから後悔した。もう一度、さっきはゴメンなんて自分から掛け直すのは気不味かったし、でも浩介からも電話はなかったから、もう嫌われたのだ、これで終わりかも知れない、そう思うと涙が次から次に溢れてきた。  それから、二時間ほど経って玄関のチャイムがなったが、泣いてぐちゃぐちゃの顔を誰にも見られたくなかったし、どうせ新聞屋の集金か宅配業者だろうと無視した。その後、携帯にメールの着信があったけと、そちらも面倒くさくて無視していた。  そしたら、今度は電話がしつこく鳴り始めた。今度は流石に気になって…………携帯を手に取ったら浩介だった。  さっき、電話をいきなり切ったのを怒られるのかと思って、恐る恐る出ると、 『居留守を使うな』と少し怒った声で、ぶっきら棒な浩介の声が聞こえた。 『玄関前にいるから開けてよ。』 と今度は、少し優しく静かに言う。  浩介が来てくれるなんて信じられなくて、玄関まで飛んでいってドアを開けると、咥え煙草で、片手にコンビニのチキンとビールが入った袋を持った浩介が、本当に立っていた。 「寒いんだよ。中に入れろよ。」  荷物を受け取りながら触れた浩介の手が、氷みたいに冷たかった。  CD一枚45分、最後の曲が流れ始めた。  あの時、俺がキレずにクリスマスの晩を過ごしていたら、その後、どうなっていただろう。セフレのままだったのだろうか。  もうあの頃には戻れない。戻りたいとも思ってないけど、こうなる事が分かっているなら、あの日、告白なんてしなかった。そうすればこんなに苦しまなかったし、浩介に辛い思いをさせる事も無かったのに。  初めは、余命宣告を受けて死ぬ覚悟をしたのに、治療の余地があると知って、やはり生きたいと思った。少し良くなったら、もう一度浩介に会いたいんだ。会って幸せになれと伝えたい。治ったなら一緒に居ればいいのかも知れないけれど、5年後の生存率が低いこの病気では、この先生きている保証はない。浩介だって今の年なら、新しいパートナーも見つかるだろう。健康な人と出会って幸せに過ごしてほしいんだ。  CDがまた、一曲目に戻る。すると、玄関でチャイムがなった。紀が社長に頼まれて昼飯を届けてくれたらしい。プレイヤーの電源を押しながら、 「鍵、開いてるよ」 と声をかけた。

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