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第33話
俺だったら浩介を幸せにできるのに。何処から来る自信か自分でも分からないけど、いつも浩介を見かける度に思っていた。でも、こんな一方的な気持ちは、もちろん届かない。今思えば、後をつけたりするような事がなかっただけで、気持ち的にはストーカーに近かったと思う。………その位、異常な程執着をしていたから、浩介を見る俺の表情はいつも険しかったらしい。その所為で、浩介を遠ざけてしまっていた事に、当時は気が付きもしなかったのだけど。
だから、後になって、その時の事を浩介に話した時に、目つきが怖くて話せなかった、と言われて、結構ショックを受けたものだ。それがなければ、あれ程苦しまなくたって良かったかも知れないのだから。
初めて浩介と喋った日、浩介が自己紹介をして、俺に「ワタルチャン…だよね?」と言ってくれた時、自分の名前を浩介が知っていたことに驚いて、嬉しさで舞い上がってしまった。
そして、彼の名前なんて初めて見かけた日にマスターからリサーチ済みだったのに「名前を知れて嬉しい。」なんて白々しい嘘をついた。でも、実際に浩介の口から聞けたのは嬉しかったのだから、まるっきり嘘ではないけれど。
そんな俺の『嘘』に、浩介が少し照れたような戸惑った様な、笑顔を見せたのが意外で、案外心は擦れてない人なんだと思った。そして、それが堪らなく嬉しくて、もしかしたら脈があるかもと調子に乗って、飲み直そうと強引に家に誘ったんだ。でも、脈がある、と思ったのは大間違いだった。
相手の事を好きじゃなければセックスなんて出来ない俺と違って、浩介は、愛にも恋にも全く興味がなくて、それ自体が…セックス至るまでの駆け引きも含めて『遊び』で『趣味』みたいな物だった。だから身体の関係になるのは簡単だったんだ。誘えばのってくるし、相手にそうさせるように上手く誘導してくる。
耳元で「ワタルチャン」と、何度も名前を囁かれながら一晩中セックスをしたのに、それだけだった。本当にそれだけ。浩介の心は、全く手に入らなかった。
朝にはキスさえしてくれなかったし、もう、ただの行きつけのバーの知り合いに戻っていた。
次こそはきっと、とその後、何度も会って何度も身体を繋げても、浩介は心を開いてくれる事はなかったし、他にも数人のセフレがいる事を隠すしもなかった。
そして、俺が浩介自身の話を聞いても、殆どしてくれなかった。何度もしつこく聞いて分かったのは、子供の頃から親の転勤で転々とした暮らしをしていた事と、今まで好きになったのは一人だけだと言うことだけだった。
結局、浩介の中での俺は『セフレ』止まり。浩介は、最初からそのつもりだったし、そう割り切っていたと思う。ただの常連客がセフレになったところで『昇格』なのか甚だ疑問だったけど、それでも浩介の眼中に入れた事は進歩だった。だから、浩介が本命を作る気がないのなら、ずっとセフレでも構わないとも思った。でも、人間、欲が出てくるもので、段々セフレの中でも一番でいたいと思うようになって、次はやっぱり、自分だけを見て欲しいと思うようになっていった。
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