36 / 71

第36話

 冬至に向かって段々日が短くなってはいるが、午後3時ならまだ明るい。打ち合わせが長くなって日没を過ぎる予定だったのにとんだ誤算だ。すっきりしない気持ちで役所から15分、歩いて最寄り駅に向かう。直帰と言って出てきたものの、この時間なら十分会社に戻れるし、まだまだ仕事をしてもお釣りが来る程だ。こんな事なら車で来ても良かったのだ。  まただ。最近、何をするにも噛み合わない感じが付き纏う。何をやっても何を言っても、それが成果として現れているか、人の心に届いているのか……仕事だとしても私生活だとしても、何かを達成できたという実感も、感動もない。もうずっと、虚無感に支配されている。渉が居なくなった所為だ。渉に会えたら…………あと一回だけで良い。自分の気持ちにけじめを付けたら、この虚無感からも開放されるんじゃないだろうか。  そんな都合の良い思考回路に嫌気が差すが、渉に会いたい、そう思い始めると居ても立っても居られなくて、駅へ急いで歩き始めていた。渉が出て行ってから、思い出さない様にしていたけれど、この沿線の3つ先の駅に渉の会社があるのだ。ここからならそれ程遠くない。  夏前までは、打ち合わせが終わった後に渉に連絡をして、一緒に食事をして帰ったりしていた。いつも駅のホームで待ち合わせをしていたから駅の外に出たことはないが、駅前にあるパン屋が美味いとか、中華屋のレバニラが美味いとか………基本的には食べ物の話が多いが………何となく景色が浮かぶくらいは話を聞いていた。  反対方向だけど、少しだけ、寄り道してみようか。 お調子者の自分がそう囁く。少し遠回りだけど、渉の会社に行ってみたい。そうすれば、もしかしたら渉に会えるかもしれない、と。  渉が出ていった後は、思い出さない様に、気が付かないように、自分を抑えていた。しかし、こうして弱い自分が頭を覗かせると、自制心は働かなくなる。只々、渉に会いたい気持ちだけが心に渦巻くのだ。  でも、電車に乗ってドアが閉まると、直ぐに馬鹿げた事をしているなと思う。こんな風にふらりと会社の前まで行ったとところで、会社の前でばったり出会うなんて偶然、先ず無いだろう。それに、うっかり会ってしまったところで何を話せば良いんだ。会社の前で渉を待ってウロウロしていたら、きっと不審者だと思われる。それに、渉が居なくなって4ヶ月以上経っているのだ。今も未だ働いている保証なんてないじゃないか。変な期待は止そう、と。  でも…………  思考はまた繰り返す。 否定的な気持ちを打ち消すように、でも、もし会えたら?と期待する自分もいるのだ。長年勤めた会社だ、辞めていないはずだ、と。窓からちらりとでも姿が見えたら?会社に電話をすれば、嫌でも出ざるを得ないだろう?そんな馬鹿げた考えさえ、間違っていないように感じている。  だからやはり、足を止めることが出来なかった。それどころか、スマホで地図を表示させて、渉の会社の位置を特定している。頭の中には、もう、駅からそこまでのルートが頭に入ってしまって、後は歩くだけだった。  駅の改札を抜けながら、会社の前を通るだけ、ただそれだけだと自分に言い聞かせて歩いていった。

ともだちにシェアしよう!