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第41話

 その理由は紀の言動にあった。浩介と別れたことを知った紀に、夏の終りにまた、告白されたんだ。紀の告白は何度も聞いたけど、今回は真剣さが違っていた。 「元カレの代わりに僕が支えます。だから、僕と付き合ってください。」 と言う彼に、勿論今回も、付き合えないと断った。が、 「じゃあ、付き合わなくても良いです。勝手に支えさせて貰いますから。」 と強気で、鬼気迫るものがあった。  そして、それから頻繁に家に訪ねて来るようになったんだ。  紀の告白の切っ掛けは恐らく、俺が夏の終わりに、熱中症で倒れた事だ。中々連絡が取れず、かなり心配をかけたらしい。その直後に告白をされた。それ以来、紀は宣言通り俺を支えてくれている、らしい。  紀は元々、俺の担当のアルバイトと言うこともあって、会社を休みがちになってからは、会社から資料を運んで来てくれるのは勿論、データを送ると、プリントアウトして持って来てくれたり、社長の言付けだと言って、食事を運んで来てくれたりしていた。  初めのうちは、仕事の話であっても、玄関先で少し話したら会社に戻っていた。しかし、その告白以降は、会社の行き帰りや昼休みに家に来ては、食事作りや、洗濯、掃除までやってくれて、まるで通い妻と言った感じだ。  それ自体は本当に有り難いことなのだけど、彼の気持ちを知っているだけに、献身的な紀に甘えるのは心苦しい。彼が勝手にやっている事だと割り切って、素直に甘えれば良いのかも知れないけど、受け入れるつもりもないのに甘えれば、紀に期待させることになる。だから、出来るだけ家に越させない様にしているのだけど……今日もこうなってしまった。  アパートに着くまで、どうにか紀を帰そうか思案していたげれど、支えられた腕の暖かさに安堵して、結局、家の前まで来てしまった。俺はいつも、こうして帰らせる事も出来ないで、ずるずると成り行きで部屋に上げてしまうのだ。  建物の外にある、錆びてボロボロの鉄の階段を、紀が軽い足取りで上っていく。カツンカツンと鳴るその音が何だか紀の気持ちを表しているみたいで、また何も言えなくなってしまう。  嬉しそうな様子の紀は、先を歩いて部屋の前まで行き、俺が倒れた時の為にと渡した合鍵を出して扉を開ける。そして、そのまま、お邪魔しますと言って上がると、パソコンの前に陣取って、データの入力を始めた。勝手知ったる他人の家…正にその通りで…… 「もう大丈夫だよ。紀くん、そろそろ会社に帰らないと。」 と紀に促すと、 「もう、タイムカードは打刻してきたんで大丈夫です!」 と、当たり前のように言う。が、それなら尚更、仕事をさせるわけにはいかない。 そう伝えると、今度は、 「じゃあ、晩飯作りましょうか。」 と言う。全くこちらの言い分を受け入れる気は無いようだ。  そして、俺に許可を得るでもなく、勝手に冷蔵庫の中身を確認して買い物の算段を始める。そして、いくつかメモをして、「ついでに数日分の買い出しもしますね。」と言うと、今度は俺の返事も待たずに飛び出してしまった。  正直なところ、紀は可愛い。素直で一途で少し生意気で。何より俺を思ってくれている。自分がもっと若くて健康で、想っている人も居なければ、こんな奴と付き合いたいと思う位だ。でも、大きな病を抱えていて、それを理由に浩介と別れたのに、紀を受け入れては都合が良すぎるだろう。それに、二回り以上の年の差は大き過ぎる。  もし癌が治ったとしても、彼は若い。これから色んな人との出会いがある。会社で一緒にいれば格好良く見えても、ともに暮せば、粗が見えてくるだろうし、歳の離れた恋人に失望することもあるだろう。最近、後退し始めた額や昔ほど感じなくなった性欲なんかも無条件に受け入れるのだろうか?そういうところに幻滅して程なく捨てられるのなんて、切ないじゃないか。  でも…………人の温もりが恋しい事も事実だった。俺の病気の事を分かった上で、付き合ってくれる紀なら、そのペースに流されて身を委ねてしまっても許してくれるかも知れない。 そんな都合の良いことを考えながら紀の帰りを待っていた。

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