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第42話
紀は買い物から帰ると、手際よく買ったものを仕舞い、晩飯を作り始めた。今日は、パスタだと言う。俺よりも一回り小さな身体は一見華奢だけど、そうやって料理をする後ろ姿は、頼もしく、ものの20分程でパスタを作り上げると、皿に盛ってテーブルに並べてしまった。
普段なら、俺の分だけ作って帰ってしまうのに、今日は一緒に食べていいかと紀が言った。折角美味しそうに出来たのに、自分で食べないのは可哀想だし、一人の食事は、本音では味気なくて寂しいんだ。仕方ないなというを顔をしながら、本音では嬉しかった。
小さな折りたたみ式のテーブルに、形の揃わないちぐはぐな皿が2つ並んでいる光景は、何だかこそばゆい。そして、そこに向かい合って座ると、何だかとても照れくさかった。
手に二人分の水の入ったコップを持って来た紀が座って、「さぁ食べましょう。」と言うので、フォークを手に取って食べ始めた。
簡単に作っていたようだったのに、とても美味しい。素直に美味いと褒めると紀は少し俯いて、良かったです、と、照れ隠しの様に、フォークにパスタをぐるぐると巻いて口に運ぶ。が少し慌てていたのだろう。巻が大きかった所為で、頬がリスの様に膨らんでいる。それをもぐもぐと咀嚼する姿が小動物の様で、なんとも可愛い。でも、可愛いと言えば、紀は剥れると分かっているから口には出さないが、俺がしげしげと見ていることに気がついた紀が首を傾げた。
「どうしました?なんか付いてますか?」
と不機嫌に口を尖らせる。
「いや、何でもないよ。美味そうに食うなと思ってさ。」
と少し誂うように笑いかけると、
「自分で作った飯で、美味そうにするなんて、ちょっと恥ずかしいです…」
と気不味そうに下を向く。それがまた可愛いくて、つい、また誂いたくなるんだ。
夕飯が終わると、今度は俺がコーヒーを淹れて、暫く他愛のない話しをした。気がつけば、午後9時を回っている。
「紀くん、そろそろ帰らないと遅くなるんじゃない?」
と帰りを促すと、暫く下を向いたまま黙っていた紀が、上目遣いでこちらを見上げると、
「今夜、帰りたくないです。泊まったら駄目ですか?」
と、遠慮がちに聞いてくる。今まで泊まりたいと言ったことはなかったのに。とうとう来たか、と思った。
しかし、この家には余分の布団はないし、ソファもない。現実問題泊められないんだ。こんな寒い季節に布団も無いなんて、それは無理だろう。かと言って、同じベッドに二人で寝るのは憚られる。そんな事を一人であれこれ考えていたら、
「実は寝袋を持ってきたんです。」
と紀がバツが悪そうに打ち明けた。初めから、そのつもりだったんだ。
「寝てる間も、佐々木さんの事が心配で堪らないんです。」
そう言われると何も言えなくなってしまう。これで布団問題が解決してしまうと、断る理由が無くなってしまった。
「なら、風呂入ってきなよ。」
と、俺も観念して風呂に促す。着替えはと聞けば、それは持っていないというので、適当にロンTとハーフパンツを手渡して風呂に行かせた。
その間だけ、仕事を少し進める。紀が来てくれたお陰で、夕飯は済ませられたが、仕事は余りに進められなかった。まぁ、締切の長い仕事だし、急いで仕上げなくても大丈夫だけど、自分で企画してプレゼンで勝ち取った案件だから、最後までやり遂げたい。身体が楽な間に少しずつでも進めたかった。
紀が会社から持ってきてくれた資料を紙袋から出すと、電話を取った同僚の山崎からのメモが入っていた。
『しんどかったら、こっちに仕事振ってくれて良いからな。』
文面から、山崎が心配してくれるのが分かる反面、やっぱり皆に迷惑を掛けていて、今の自分がどんなに頑張っても、戦力外だと認識されている現実に悔しさが込み上げてきた。
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