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第44話

 よく冷えたビールは美味くて、半分ほどを一息に飲んだ。考えてみると半年振りのアルコールだ。本当は酒は控えるように言われているけれど、目の前にあるのだから、こんなちょっぴりなら飲んでもの良いだろ?と誰にとも無く許しを請う。  口に残る苦さと腹に流れ落ちていく冷たい刺激が美味くてもう一口飲むと、嬉しそうに笑う紀と目があった。 「喜んで貰えて良かった。」 そう言って、 「佐々木さん、結構、飲めますよね?」 ともう一度、紀が注ごうとしたが、 「ホントは禁酒中。」 と言って、手のひらをコップにかざした。 紀は驚いてすみませんと謝ったけど、このくらいなら大丈夫だと言うと、少しだけ安心した顔になった。  紀と話すのは楽しい。会社の話も、仕事の事も働いているスタッフの事も、よく観察しているなと感心するし、彼らしい少し皮肉っぽい見解も面白い。そして、気付けば小さなコップ一杯で、随分話し込んで、時計の針が天辺超えていた。  久しぶりのアルコールで少し酔ったのもあるけど、心底楽しい気持ちで居られた。小さなコップの中身をやっと飲み終えると、フワフワとした浮遊感に包まれる。割りと酒飲みだったから、コップ一杯でこんなに酔うなんて不本意だけど、何だかとても気持ちよかった。 「さぁ、そろそろ寝ようか」と紀を促して、照明を消し、それぞれの寝床に入ると、静寂が訪れる。  「やっぱり僕じゃ駄目ですか?一緒に残りの人生を過ごしてもらえませんか?」 と紀が問う。いつもの冗談めかした言い方とは違う、真剣で穏やかな声だった。 「ありがとう。気持ちだけで十分だよ。君はまだ若いんだしさ、もっと良い人が見つかるよ。」 しかし、俺はいつも通り断る。 「…………ですよね。そう言うと思いました。」 ふっと笑った後、少し涙声になって紀がいう。その声に心臓がキュッと掴まれるような痛みを感じた。そして多分、酔った所為だと思う。今まで誰にも言えなかった本音が、溢れてしまった。  実は今、すごく不安なんだ、と。新しい抗がん剤の事も、これからの治療の事も、そして、自分の余命の事も全部不安で、一人で抱えている事がつらいのだ、今まで誰にも話したことのない胸の内を聞いてもらえるのは、紀だけなんだ、と。 そして、一度、不安を口にすると、止めどなく溢れてくる気持ちの数々が、涙と一緒にこぼれ落ちた。そんな自分自身に少しだけ驚いたけれど、気付かない様にしていただけで、本当は辛くて、誰かに縋りたかったのだと気がついたんだ。  いつの間にか、ベットサイドに紀が居て、眉根を寄せて、俺よりも辛そうな顔で聞いている。瞬きをするたびに落ちる涙がとても綺麗だった。紀が俺の頬に手を伸ばし、親指で涙を拭った後、頭を抱えるように胸に抱き寄せた。  紀の心臓がトクトクとなるのが聞こえて来ると、暖かさと安心感で、また涙が溢れる。胸に顔を押し付けて、子どもの様になく俺を抱きしめながら、 「大丈夫ですよ。僕がついてますから。」 と紀が言った。見上げると、いつもの生意気な顔ではない、優しく微笑む紀と目が合った。 「紀くん。」 名前を呼べば、お互いの視線が絡み合い、何方からとも無く唇を寄せていた。唇が触れる直前、紀が驚いたように目を見開いたのを無視して、柔らかな唇の弾力を確かめるように、唇を押し当てると、紀もぎこちなくそれに応えた。

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