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第46話
あの日…………渉のあとを追いかけて家まで行った日、一晩中、渉と、渉と一緒にいた男の事を考えていた。次から次に浮かんでくるイメージが実際に見たものなのか、妄想なのか、段々分からなくなる程、考え続けて夜を明かした。渉が出ていった事への苦しさがやっと落ち着いたところだったと言うのに、一瞬で気持ちは逆戻りしてしていた。
明け方、仕事に行く前に少し寝なくては、と思った後、ウトウトしたと思ったら、次に目が覚めた時には既に、始業の時間になろうとしていた。寝坊なんて社会人になって初めての事だった。
寝不足で頭はハッキリしないし、気持ちは昨夜のまま、ドロドロした憎悪と孤独感が渦を巻いていた。それでも、会社を休む訳にもをいかないと、遅刻する旨を伝えるめに会社に電話したのだ。しかし、電話に出た松井が第一声、
「やっぱり腰、やっちゃいました?」
と嬉しそうに笑うので、一瞬考えたが、そうだと答えた。
この時期に仕事を休んでいる暇はないし、仕事に私生活を持ち込んで休むなんて以ての外だ、と言う自分が心の大半を締めているのに、小さくて弱い自分が卑屈になって、会社に行って何になるんだ?と囁いていた。渉と二人、楽しく将来のんびり暮らす為なら、と今まで仕事も頑張っていたけれど、それが無くなった今、何もこんなに無理して働かなくたって良いじゃないか、と。
それで、電話の向こうで松井が誂うのを聞き流して、今日は休むよ、とだけ言って電話を切った。
取り敢えずいつも通り、湯を沸かし、煙草に火を点け一服して、然程好きでもないコーヒーを淹れて飲んだ。渉が出て行って以来、朝食は特に食べていない。それまでは見た目に反して健康志向の渉が、野菜を取れとかタンパク質が大切なんだ等と気にしていたから、何となく食べていただけで、私自身は食べることにも、健康にも興味がない。
しかし、コーヒーを飲み終えると、早速やることが何もなくなってしまった。急に出来た余暇だが、休日に打ち込める趣味も、平日に済ませたい用事も無い。つまらない人間だと苦笑する
仕方なくもう一度寝るか、と寝室に戻った時、ふと思ったのだ。なんで私は未だに、ベッドの半分に小さくなって寝ているのだろうか、と。
馬鹿馬鹿しい話だ。ベッドの半分と一部屋丸々、もう居ない渉の為に空けておいて、ここで暮らしている私は、ベッドの残りの半分とリビングだけで生活しているのだ。キッチンで料理をする事もなければ、渉のように長風呂をすることもない。そんなことに気が付いた途端に、自分に嫌気が差して、虚しさで涙がどっと溢れ出した。私は何て馬鹿なんだろう…………渉はもう、すっかり他の男に心を向けているというのに。
馬鹿みたいに声を上げて一頻り泣いた後、改めて渉の部屋を覗いた。渉が荷物整理をした日以来だった。
そうだ、これは只のゴミだ。持ち主が要らないといったゴミなんだ。どんなに私が惜しんでも、そこに渉の姿を思い浮かべても、本人が要らないと捨てたゴミだ。
その事に気付いてしまった。それから、ゴミ袋に纏められたモノたちを、次から次にゴミ捨て場に運んだんだ。それは、思っていたよりずっと簡単な事で、全て捨てても、何度か往復する程度で済んでしまった。
残りが粗大ゴミだけになった頃、急に疲れて部屋の真ん中に座り込んだ。そして、渉の部屋だった場所を見回す。今まで渉のものがあって気が付かなかったけど、案外広かったんだ。
最初は二人で使っていた部屋だった。お互いに仕事を家に持ち帰ったときや、何か調べ物をしたいときに使っていた。元々私は荷物が少なかったし、渉は私の数倍あったから、荷物の配分は渉の方が初めから多かった。
そこに、仕事の資料だと言って、渉が色んな物を持ち込んで増やした結果、いつの間にか、渉の部屋になっていた。当然の流れと言えばそういう事になる。だからと言って、特に不満もなかったのに……勝手だよな、渉の奴は……と今まで、自分にさえ言わなかった本音を口にしていた。
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