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第47話

 渉の物をすべて捨てれば、スッキリすると思ったのに、結局何も変わらなかった。気持ちは沈んだままだし、渉を忘れる事もあの光景を忘れる事も出来なかった。  ガランとした部屋はまるで私の心の様だ。私から『渉』を捨て去ってしまえば、何も残らないのに、全て捨ててしまった後にその事に気が付いたのだ。ならば、この部屋に何を満たせば私の心は満ちるのだろう。しかし、考えたってそんなものは端からないのかも知れない。  只々ぼんやり座ったまま、昨夜と同様に、何時間も二人の事を考えた。考えて疲れて、うたた寝をして、また考える。そして、寒さで目が覚めた。外はもう、暗くなっていた。暖房も点けずに床に直に寝ていた所為で身体中が痛い。  そろそろ布団で寝なくては……と思う。こんな時でも、理性が働いて、普段通りにしようとする自分が、何だか憐れだ。誰も見て居ないのだから、『寝るまでにやるべき事』のどれかを端折ったとしても、誰にも咎められる訳では無いのに強迫観念みたいに、いつも何かに追われている気がする。  しかし、一通り寝支度をして寝室に向かって、また、渉の事を思い出した。それで、もう、二人のベッドで寝るのは止そう、そう思った。そして、予備の布団を、荷物がなくなった部屋に運んで床に敷いたのだった。  一人分の布団の小ささが、今の私にはぴったりだと思った。見慣れない部屋に一人分の布団を敷くと、まるで新たな家で新たな生活を始めたみたいだ。でも、そんなに前向きな気持ちではない。喪失感と孤独感の湖の中に沈んで淀んでいる泥の様な、汚い気持ち。何をするにも悲しくて、泣けてしょうがない。私は、感情のコントロールも出来なくなって、布団に丸まって泣いた。  悲しくて悔しくて寂しくて苦しくて…………そんな感情の輪の中から早く抜け出したいのに、回し車から抜け出せないで走り続けるハムスターみたいに、負の感情に囚われながら、ウトウトしては、目覚めて泣いて、それを、何度も繰り返した。そして、その間に何か夢を見た  夢の中では、心の中までも寒かった。真っ暗な道を歩いている私は、其処が何処なのかも分からなかった。私は何処かへ逃れたくて藻掻いていたが、その行先は分からず、ただ闇雲に歩き続けている。そして、いつの間にか、私は鳥になっていた。片羽根を負傷して、飛べなくなった鳥だった。無理して翼をばたいても高くは飛べず、飛び上がっては木の幹にぶつかり、落ちてまた飛び上がる。そして、疲れて地面に蹲って泣き出した。すると鋭い痛みと共に、負傷した翼がもげて、その場にどさりと抜け落ちる。私は落ちた翼を見つめながら、片方だけあっても仕方ないと思った。そして、反対側の翼を力いっぱい引き千切ったのだ。すると、今度は全く痛みも感じず、ポロリと抜けて地面に落ちて、見る間に朽ちてしまった。私は翼を無くした後悔も、喪失感も感じなかった。その時、何だ、こんな簡単な事だったのかと思っただけだった。 それからまた、眠りについた。  気がついたら日曜の朝になっていた。一瞬、此処が何処か分からなかったが、すぐに別の部屋で寝た事を思い出した。でも、昨夜みたいに胸に痛みは感じなかった。  リビングに行って、湯を沸かす。身についた習慣らしい。その間にタバコに火をつけて、椅子に座って一風する。が、コーヒーは淹れなかった。  そろそろ、引っ越しするかな、そう思った。 ずっと引っ越す切っ掛けをつかめなかったが、引っ越さない理由は何処にもない。渉ももう、新しい人生を送っているんだ。どんなに自分が足掻いても、あの時見た彼と入れ替われる訳では無いし、渉が私に再び目を向けることはないのだという事が、なんの感慨もなくストンと心に落ちてきた。そして、スマホで不動産屋を検索し始めた。

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