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第49話
一通り準備を済ませて席に座っていると、手に持っていたスマホが震えた。不動産屋からのメールだった。
『新着物件のお知らせ』というタイトルのメールは、この数日毎日のように、一日に何度も送られてくる。今、会社の側の不動産屋で家を探している為だ。
久しぶりの家探しは新鮮だった。初めは賃貸で探していたが、不動産屋と話していると色々な提案をしてくれる。老後の事まで見据えたほうが良いと……考えてみれば当然だが……言われて、分譲マンション購入という方向で、現在話が進んでいるのだった。
確かに、今、二人分の家賃を払っていることを考えたら、少し都心に近くなっても、1LDKか2DKで分譲にして、ローンを組んでも同じか、安い位だと言う。一人だし、物も少ないから1Kでも十分だが、それは物件数が少なくて探しにくかった。
そう言う訳で、つい先日の休みにも内覧に行ってきた。どうせ会社と家の往復だけで、仕事も忙しくなれば、寝に帰るだけだから、周辺環境も窓からの眺望も、全く興味が無かったが、「長い目で見て、老後の環境も考えたほうが良いですよ。」と条件の良い物件を見せられると、心が動く。それでも、やはり大きな買い物だ。即決は出来ず、今の所全て内覧止まりだ。
しかし、年末年始の休みに引っ越しして入居できる物件を見つける予定だと話したのが原因かもしれないが、不動産屋はかなり、必死だ。それに、アラフィフ独身男の家探しは金を持っていると思われているのか、不動産屋もびっくりするほど親身になって、好条件の物件を次々に紹介してくれる。
それでこの所、担当者から毎日のようにメールが来ているのだが、少し、否、かなりウンザリしているのだった。親身になってくれるのは嬉しいが、少ししつこくて、しかも、担当者がどうにも気になるというか、視線がねちっこいというか、内覧に行っても居心地が悪い。
不動産屋、変えようかなぁ…………うっかりココロの声が漏れていたようだ。
「家探しですか。間取りは?」
と松井が私のスマホを覗き込む。いつの間にそこにいたのか、全く気が付かなかった。
「うん、まぁね。」
私が答えると、松井が声を落として、
「1LDKですか?狭いですね…佐々木さんと一緒じゃないんですか?」
と聞く。1年程前に松井とそのパートナーの結婚披露宴に渉を連れて行ったから、そういう話になるのは当然だ。彼も同性カップルだが、お互いの親にも認められて、友人も呼んでの披露宴までしたのは、良い事だと思った反面、勇気があるな、と思ったのだった。あの時は先輩面して、余計なことを言った気がするが、松井はまだ、覚えているだろうか。
しかし、それには触れないで、
「最近、別れたんだ。」
と私も声を落として返す。他の社員に聞かせたい話ではない。あっさりした私の返答に、松井が、驚いた顔をした。
「え、嘘ですよね。」
「嘘を言ってどうするんだよ。もう半年も前に振られちゃったよ。」
笑いながら言うと、松井が珍しく真面目な顔をしていた。
「今日、呑みに行きません?」
という。心配しているのだろうか。私は全く何も気にしていないのに、おかしな事だと笑い飛ばして、
「奢らせるつもりだろ。」
と誂ってやった。そして、
「余計な心配は良いから、川郷市の出力図、準備できてるのか?もう出かけるぞ。」
と午後の仕事の確認をする。すると松井は『やべぇ』と小声で呟いて、慌てて出力室に走っていった。いつも生意気なことを言って、しっかりしていそうなのに、時々抜けてる。私は苦笑しつつ、その背中を見送った。
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