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第55話
谷口に促されて部屋に入り、窓の傍まで真っ直ぐ歩く。勿論、スイートルームという訳では無いが、市役所勤めの谷口にしてはかなり奮発したに違いない。広々とした部屋の真ん中にキングサイズのベッドがあり、高層階に位置したこの部屋の、壁一面の窓からは、都心の夜景が一望出来た。
キラキラと輝くそれは、地上に描かれた夜空の様に美しく、仮に私達が恋人同士なら甘いムードになるのだろう。しかし、私達は元セフレだ。やることをやって帰るだけの関係なのに、こんな部屋を取るなんて、私には理解出来ない。しかし、こういう場所を選ぶ所が谷口らしいし、昔から谷口はこういう気障ったらしい奴だった。
「何か飲む?」
と聞きながら、答えも待たずに、シャンパンを開けて、二人分のグラスに注いでいる。そして、それを両手に持って窓辺にやってくると、出窓に腰掛けてグラスを一つ、差し出した。そして、入ってきた時のまま、窓辺に立っている私を見上げて、満足げに笑う。
「マンション。」
谷口が言った。
「興味無いだろ。」
私が応えると、
「その話、しようって言ったじゃん。」
とニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべている。本当は、惨めになるから話したくないのに、上手い嘘も思いつかない。谷口の顔を見るのが嫌で、窓の方に視線を向けて、静かに溜め息と共に吐き出す。
「渉と住んでた部屋、引き払うことにしたんだ。」
そんな私を見て谷口が、
「ホントに最近まで付き合ってたんだな。」
と感心したように、でも、つまらない話でも聞かされたとでも言うように、こちらを見て嫌そうな顔をする。
「で、なんで別れたの?」
好奇心というのでは無い、意地の悪い笑顔で続ける。聞かれたくもないし、答えたくもない質問なのに、いつもより酔っているらしい。誰かに聞いて欲しかったのだ。
「捨てられた。」
と素直に呟いて、手に持ったシャンパンを一気に喉に流し込んだ。
私が、空いたグラスを出窓に置こうとするのと同時に、そのグラスを手に取って谷口が立ち上がる。次の一杯を注ぎに行くのだろうと、ガラス越しにその後ろ姿を見守るが、谷口はグラスをテーブルに置いただけで戻ってきた。
窓ガラスに映る影が私の背後に近づいて、当たり前の様に後ろから抱き竦めながら私の首すじ顔を埋め、深く息を吸い込んだ。
「何してんの。話しして飲み直すんじゃなかった?」
素っ気なく、蔑むようにその行動に異存を訴えれば、
「そんなの。真に受ける程、初じゃないだろ。」と、谷口が応える。
確かにそうだ。そんなに初でもなければ、清い間柄でもない。それに、私だって、本気で飲み直すつもりで、此処に来た訳でもない。昔の遊び相手と、またちょっと火遊びをするだけだ。
「何でわざわざ、部屋なんか取ったの?」
聞くまでもない事を敢えて聞くのは、私への谷口の気持ちが、私自身の自惚れではないと証明する為だ。
「浩介とこうしたかったから。」
及第点の答えに満足した私が微笑むと、谷口が首筋に口付けを落とした。
私は何食わぬ顔で、構わずに話す。
「お前。こういう所好きだよな。見栄っ張りな所も変わらないな。」
と嫌味を言えば、
「そりゃあそうだろ。好きな奴には良いところ、見せたいじゃん。」
笑って谷口が返す。好きな奴って、と笑いが込み上げる。そういう関係じゃなかっただろ、と言えば、お前が気が付いてなかっただけだろ、と言いながら耳朶を喰む。
「あの時、今の奥さんと結婚したけどさ、ずっと後悔してたんだ。本当は浩介の事が、一番好きだった。」
「はは、冗談だろ。」
と鼻で笑う。こんな事を真面目な顔で言われたって、なんと返せばいいのか分からない。それに、もう結婚して子供もいるやつに何を言われても、なんの説得力もない。
しかし、後ろから回された腕に力がこもるのか分かる、首筋に谷口の熱い吐息がかかり、腰の辺りに、スラックスの布越しにも分かる程、硬くなり始めた性器が押し付けられると、私の下半身にもじわりと熱が集まった。
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